ツルバラの庭
まさに薔薇を持つにふさわしい、白さとたおやかさだ。
ここまで香るのは、果たして、あのツルバラなのだろうか、それとも、彼女じしんなのだろうか?
彼女の手先が右に左に揺れるたびに、信二はそう思う。
腰が痛む、と言いながらも庭で鋏を使う彼女の立ち振る舞いは相変わらずの美しさだった。
家の白壁を這わせるように仕立てたツルバラが、薄桃色の見事な花をあまた咲かせ、そのいくらかを妻が器用な手つきで切り取っていた時、信二はその優雅な動きをいつの間にかじっと見つめていた。
「どうしたの?」
気づいた時には、峰子が少し不思議そうな眼をして手を止めていた。
「いや」
正直に言おうか束の間迷い、咳払いをしてから彼は結局こう言う。
「そろそろ支度をしないと」
「少し待ってね、このお花を持って行くから」
どうせ時間の約束なぞある場所ではない。それでもできれば、信二は早く行って早く帰りたかった。妻の峰子も同じような思いだろう。
「花なんていいよ」
早く出かけよう、と信二は立ち上がり、薄いジャケットを羽織る。
「どうせ、ああいう所は花なんて持ち込みができないんだろ?」
「病院ではないのだから、お花はだいじょうぶよ」
峰子は薄く笑う。
「少しくらいお部屋の中に潤いがないと、お義母さまも寂しいでしょ」
「……寂しい、かな」
信二は知っている。母のカヨは、花が、特に香りの強い薔薇が大嫌いだということを。
それでも信二は、峰子にそう指摘してやるつもりはなかった。
彼女はよく分っていて、敢えてやっているのだろうから。
峰子と母とは、しょせん住むところから違うのだ。