表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/174

第98話 馬鹿になる


 俺は、エレナさんと対峙した。


 魔族側のスパイとして、暗殺屋としてのエレナ・ミルウッドと。


 その時のエレナさんは、俺とユリーナさんが知っているエレナさんではなかった。


 笑顔はなく、無表情で、無表情で俺を攻撃してきた。

 訓練のときの本気さではなく、敵意を持っていたのは確実だ。


 今思い出すと、殺意はなかったのかもしれない。

 情けなのか、エレナさんがまだこちらを友達だと本気で思っているのか、それはわからない。


 心優しいエレナさんと、暗殺屋としてのエレナ・ミルウッド。


 どちらが本物なのか、偽物なのか。

 そんなの今の俺じゃわからない。


 だが、俺が気絶する寸前にエレナさんが言っていた。


『……嘘、だったのかな。僕にもわからない。スパイという任務を忘れなかった、と言えば嘘になる。一緒に笑ったのが全部嘘だなんて、言えないよ』


 それまでずっと感情を無くして話していたエレナさんが、堪えられなかったように悲しそうに応えた。


 あのときの言葉が嘘だとは思えなかった。

 今までのエレナさんの行動が嘘だと見抜けなかった俺だが……。


 あのときの言葉、溢れ出た感情を嘘だとは思えない。

 いや、思いたくないだけなのかもしれない。


「ジーナ? いるのか?」


 俺がそんな考えごとしていると、また病室の扉が開いて男性が顔を覗かせた。


「あ、お父さん!」


 ユリーナさんの足に抱きついていた女の子、ジーナと呼ばれた子はその男性に駆け寄った。


 お父さんは駆け寄ってくるジーナを抱きとめながら、ベッドに座っているユリーナさんを見て驚いている。


「お目覚めになられたのですね! ジーナから話は聞いております、娘を助けていただきありがとうございます!」


 そう言って深く頭を下げるジーナのお父さん。

 おそらく、ジーナと一緒に何回かこの病室にお見舞いに来たのだろう。


「い、いえ、兵士として当然のことをしただけですので」


 ユリーナさんはいきなりのお礼に少しうろたえながらもそう答える。


「私はあの襲撃のときは仕事で家にいませんでした。二人とも失っていたら、もう私は生きてはいけませんでした」

「っ! 奥様は、助けられませんでした……申し訳――」

「謝らないでください!」


 ユリーナさんが立ち上がり頭を下げようとした瞬間、お父さんは大声を上げてそれを止めた。


「妻のことは残念ですが、娘を助けてくれたあなたが謝る必要なんて何一つありません。本当に、ありがとうございました」

「……はい」


 そう言われてもまだ悔しそうに顔を歪めているユリーナさん。


 そして父親とジーナが病室から出て行こうとしたとき、


「ジーナ……ちゃん」


 ユリーナさんが慣れない呼び方でジーナを呼び止めた。


「なーに?」

「エレナお姉ちゃんに、会いたいか?」

「うん! 会ってお礼言いたいから!」


 元気よくそう答えたジーナの言葉に、笑顔で頷いた。


「私が、連れてくるからな」

「ほんと!?」

「ああ、いつになるかわからないが、待っててくれるか?」

「うん! 約束しよ!」

「もちろんだ」


 二人は前にやったことがあるのか、合わせたかのように小指を出して絡ませる。


「「指切りげんまん。嘘ついたら針千本のーます。指切った」」


 指をゆらゆらと動かしながら、二人で声を合わせてそう歌い切った。


「じゃあね、ユリお姉ちゃん!」

「ああ、また会おうジーナちゃん」


 ジーナは手を振りながら、父親は会釈をしながら病室を出て行った。


「エリック、今言った通りだ」


 二人の足音が廊下から聞こえなくなってからそう話しかけてきた。


「エレナさんを、連れてくるんですか?」

「ああ、殴ってでも連れてくるさ。いや、エレナさんに会ったら一回ぐらいは殴ろうかな」


 そう笑いながら話すユリーナさん。

 やはりもうユリーナさんは覚悟が決まってるようだ。


 ユリーナさんはこの襲撃を受けて成長したと、エレナさんが言っていた。

 それが今なんとなくわかった気がする。


「エレナさんは確か、スパイとしてここに来たのだろう?」

「そうですね、そう言ってました」


 あの人はベゴニア王国にスパイとして送り込まれたと言っていた。


 しかもその期間は三年。

 一から騎士団見習いになり、怪しまれないようにするとしても長い期間だ。


「三年もの間ベゴニア王国にいたんだ。私が信じてるエレナさんなら兵士の中でも、街でも親しい人がいたに違いない」


 確かにそうだ。

 エレナさんはとても明るく、色んな人に好かれるような性格だった。


 一緒に遊びに行った時も、街の人に好かれているのをこの目で見ている。


「だからこの国に襲撃をさせるのを躊躇うはずだ。だがそれを行った。ということは、エレナさんには何か弱みを握られている可能性がある」

「弱み、ですか?」

「ああ、スパイや暗殺屋というのを嫌々やっていて、その弱みのせいで襲撃の手助けをするしかなかった」


 そう言われると筋が通っているような気がする。

 だが、全て予想でしかない。


「もちろん、これは私の都合が良い解釈だ。もしかしたらただただエレナさんの全てが嘘で、最初から仲良くしている演技だったのかもしれない」


 ユリーナさんもそれはわかっている。

 自嘲気味に笑ってはいるが、それを本気で信じている目だ。


「笑ってくれても構わない。だが私はエレナさんを信じると決めたんだ。エレナさんを連れてくるために、私は馬鹿になるつもりだ」


 そう強く言い切った。

 馬鹿な考えということも理解しながら、それを信じる。


 やっぱりユリーナさんは、強くなっている。

 剣の腕前とかではなく、心が。


 その信念は、もう誰にも揺らすことはできないだろう。

 たとえそれが、エレナさんでも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ