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第97話 嘘か?本当か?


 声を押し殺して涙を流しているユリーナさんに、かける言葉が見当たらない。


 何も喋れず、俺たちがいる病室に小さな泣き声が響く。


 俺も、エレナさんのことはショックだった。


 前世では男の友達、親友はクリストしかいなかった。

 だからクリスト以外の男友達は、エレナさんが初めてだった。


 いつも笑顔で明るく、何気ない会話がとても楽しかった。


 それが全て、過去となってしまったのだ。

 もうあの人と、そんな会話はできないだろう。


『今まで楽しかったよ。またどこかで会おうね。そのときは、敵同士だけど』


 意識を失う直前の、エレナさんからの最後の言葉を思い出す。


 楽しかった。

 その言葉は、本当なのだろうか。


 最初から味方ではなかった人の、その最後の言葉は、果たして信じられるだろうか。



 そんなことを考えていると、ほとんど音がなかったこの病室の扉からノックの音が響いた。

 引き戸となっていて、控えめにガラガラと鳴りながら開いていく。


 引き戸からおそるおそる顔を覗かせてきたのは、小さい女の子だった。

 金髪の女の子で、目がぱっちりとしていて可愛らしい子だ。


 俺がその子に目線を合わせると一瞬ビクッとなっていたが、少し怖がりながらも病室の中を顔だけ覗かせて見渡す。


 そしてベッドに腰掛けて下を向いているユリーナさんを見ると、明るく可愛らしい笑顔になった。


「お姉ちゃん……!」


 その子は控えめに開けていた引き戸を勢いよく開け、ユリーナさんに近づいていく。


 ユリーナさんも一瞬驚いた様子だったが、涙を拭きながらその声に反応して顔を上げる。


「君は……!」


 涙目になりながら女の子を見ると、ユリーナさんは目を見開いた。


 女の子はベッドに腰掛けているユリーナさんの足に擦りつくように抱きつく。


「お姉ちゃん……! 起きてよかったよ……!」


 涙声になりながらも、その子は嬉しそうに笑いながら抱きついている。


「ありがとう……心配させてすまない」


 ユリーナさんは驚きながらも、少し戸惑ったように、愛おしそうにその子の頭を撫でる。


「ユリーナさん、その子は?」


 俺がそう問いかけると、ユリーナさんは声を落としてその子に聞こえないように話す。


「戦闘の最中、私が助けた女の子だ。この子の母親は……助けられなかった」

「っ! そうですか……」


 悔しそうに唇を噛むユリーナさんから目を離し、女の子に目を向ける。


 ユリーナさんも優しく微笑んで、その子と目線を合わせる。


「君も無事でよかった、怪我はないか?」

「うん! 優しいお姉ちゃんが、みんながいる場所に連れてってくれたの!」

「優しい、お姉ちゃん……?」


 ユリーナさんがそう聞き返すと、女の子は嬉しそうに笑ったまま話す。


「うん! エレナお姉ちゃん!」

「っ!」


 その言葉に、ユリーナさんと俺は同じように驚いた。

 俺たちの様子に気づかず、女の子は話し続ける。


「エレナお姉ちゃんね、お姉ちゃん……あ、お姉ちゃんの名前ってなに?」

「私か? ユリーナだ」

「ユリーナ……ユリお姉ちゃん!」


 ユリーナさんの呼び名を決めたその子は、可愛らしい笑顔のまま話す。


「エレナお姉ちゃんがね、ユリお姉ちゃんが眠っちゃったあとに私を連れていってくれたの! それにユリお姉ちゃんを担いでたし、エレナお姉ちゃんは力持ちなの!」


 楽しそうに話すエレナさんに連れられたことを話す女の子。


 おそらくユリーナさんが眠ったというのは、エレナさんに毒の短剣で斬られて気絶したのだろう。

 その後女の子が言うには、エレナさんはユリーナさんを担いで女の子を安全な場所に連れていったということらしい。


「……そうなのか」


 その話を聞き、ユリーナさんはその子を見つめながら考え込んでいる。


「ユリお姉ちゃん、エレナお姉ちゃんはどこにいるの?」


 その子は不安そうに問いかける。

 死んだのかと思って、不安になっているのかもしれない。

 まだ幼いのに、とても賢い子だ。


「大丈夫だ、エレナお姉ちゃんは死んではいない。ただ、ここにはいない……」

「そうなの? また会いたかったなぁ……」


 少し悲しそうにそう言った女の子。


「……エレナお姉ちゃんに、会いたいか?」

「うん! まだお礼言ってないの! あ、ユリお姉ちゃん、助けてくれてありがとう!」

「っ! ああ、こちらこそありがとう」

「え? なにが?」

「君のお陰で、心が決まったからだよ」


 ユリーナさんは愛おしそうに女の子の頭を撫でる。


「えへへ、どういたしまして!」


 女の子はその言葉の意味はおそらくわかっていないだろうが、気持ち良さそうに目を細める。


「エリック、私は信じるよ」


 ユリーナさんは女の子の頭を撫でながら、俺に話しかけてくる。


「エレナさんには、裏切られた。それは事実だ。だが共に過ごしたあの時間が全て嘘だとは、到底思えない」


 俺の目を真っ直ぐ見て、そう話すユリーナさん。

 先程泣いていたときとは違い、何かを決意した目だ。

 いつもの、気丈に振る舞うユリーナさんだ。


「少なくとも、私を気絶させたあとにこの子を助けたのは、私が知っているエレナさんだ」


 人を殺す覚悟が決まり、強くなったユリーナさんが邪魔になったから、エレナさんは気絶させた。


 その行動は、確かに魔族側のスパイ、暗殺屋としての行動だろう。


 だがその後の、この子を助けた行動は。

 スパイや暗殺屋の任務には全く関係ない。


 しかも気絶させたユリーナさんも、安全な場所に運んでいる。


 これは俺とユリーナさんが知っている、心優しいエレナさんの行動だ。


「私は信じるよ。エレナさんを、エレナさんの行動を。私に見せた笑顔を、本物だと信じるよ」


 そう言って笑ったユリーナさんの顔には、もう先程の涙は見えなかった。



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