第74話 間違い
遠くを見ていると、朝日が昇り始めていた。
何時にニーナが俺を襲撃してきたのか知らなかったが、結構朝に近い時間だったのかもしれない。
俺達が家から出て話し始めて一時間ぐらい経ったと思う。
「ごめん」
「いや、大丈夫だ」
ニーナは泣き止むなり謝ってきた。
フェリクスはニーナにとって家族だったのだろう。俺も家族を亡くす悲しみは知っている。
むしろ謝るのは俺の方だ。その家族を殺したのは俺なのだから。
だが謝るつもりは毛頭ない。
非情な奴と思われるかもしれない。しかし、あの戦いは弱肉強食の世界で正々堂々と戦って、俺が勝ったんだ。
それを謝るのはフェリクスにとっても屈辱だろうし、ニーナも望んでいるとは思えない。
だから俺がこの子に言えることは、何もない。
俺と同じ痛みを抱えているであろうニーナに、俺は何も……。
「なんで、あんたも泣いてるの?」
「えっ……?」
その言葉で初めて俺は涙を流していることに気づく。
頰に流れる生温かいものを急いで拭う。
「その、すまない、俺が泣くべきではないのに……!」
本当に、なんで俺が泣いてるんだよ。
俺が泣く資格なんてないのに。
家族を亡くす痛みを知っているからといって、俺は泣いてはいけない。
ニーナに背中を向けるように身体の向きを変えて顔を見られないようにする。
「あんたは、優しいんだね」
昨日、集落の人達に向けて言った刺さるような口調とは全く違う、優しい音色で言ったのが聞こえた。
「そ、そういうわけじゃない」
「ううん、自分の故郷を滅ぼそうとした敵の、妹を思って泣けるんでしょ? そういう人はあまりいない」
違う、これは単なる同情に過ぎない。
しかもニーナにとって兄を殺した相手が勝手に同情して泣いているだけだ。馬鹿にしていると思われても仕方ない。
「同情でもなんでもいい。そういう涙を流せる人に殺されたなら、兄さんも報われるわ」
ニーナは俺の心を読んだようにそう言った。
俺はようやく涙を拭い終わり、振り返る。
「ありがとう、エリック。兄さんを、殺してくれて」
本当に、心の底からそう思っているかのように、とても爽やかな笑顔でそう言った。
「兄さんのことは好きだったけれど、王になった時の考え方はどうしても賛成できなかったわ」
「そうなのか?」
また少し下を向いて話し始めるニーナ。
ずっと一緒に旅してきたというのに、ニーナはフェリクスの考え方に賛成していなかったのか?
「確かに兄さんが王になって色んな国と戦えば、国の中の争いとかは無くなって、表と裏という闇も無くなったかもしれない。だけど、色んな国と戦えばそれ以上に被害が出ることはわかっていたの」
「じゃあなんで止めなかったんだ?」
それだけわかっているなら、セレドニア国王を倒して王になるよりもっと違う方法があったんじゃないのか。
「兄さんは強かったけど、それだけならどこまでいっても平民の身分。王になる以外に自分の意志を貫くことができなかった。兄さんは自分が間違っているかもしれないと思いながらも、もう止まることはできなかった」
魔族の国は弱肉強食。自分の考えを押し通するなら、強くなるしかない。
フェリクスが王になったのは、そのためということか。
「あたしも、止めることはできなかったわ。間違いだと気づいてたのに兄さんが止めなかった理由は、あたしのためだから。あたしのような裏で生きて不幸になる人を、無くしたかったから」
今でも後悔しているような顔でニーナは話していたニーナだが、また俺の方を向いて少し微笑みを浮かべる。
「だから兄さんは、自分が間違っているって誰かに止めて欲しかったのかもしれない。国王が弱くなってあんだけキレていたのも、正しいはずの国王が自分に呆気なく負けるのが許せなかったんだと思うわ」
「じゃあフェリクスは、負けたかったのか?」
「わからないけど、あたしはそう見えた。だから兄さんを殺してくれて、ありがとう」
そう言って今度は頭を下げて礼を言ってくる。
しかし、俺なんかがその礼を受け取ることはできない。
「俺は降りかかった火の粉を払っただけだ。礼を言われるほどのことをした覚えはないぞ」
「うん、あたしの自己満足だから、受け取らなくてもいい。ただ言わせてもらっただけ」
「……なんだかそれは、ずるくないか?」
受け取ることはしなくてもいいと言われても、聞いてしまったから忘れることはできない。
「ふふっ、あたしの兄さんを殺したんだから、このくらいの仕返しはしないと」
そう言って朗らかに笑ったニーナ。
「いや、さっき俺を殺しにきたんだから仕返しはそれで良かっただろ」
「結果殺せなかったんだから、仕返しとは言えないわ。それに本気で殺せるとは思えなかったし」
「そうなのか?」
「昔、兄さんにも同じことをしたけど躱された覚えがあるわ」
「えっ、なんでそんなことを?」
「あたしの分のオヤツを食べたから」
「そんな理由で殺されそうになるなんて……」
「魔族は弱肉強食、弱かったら死ぬのが当たり前」
「その言葉をここで使うのは間違っている」
それから、俺とニーナは朝日が昇り皆が起きるまで、外で話していた。




