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【序―②】???

 目が覚めた。窓から見える景色は雲が掛かった夜。月明りはないが、電灯や家の窓から差し出る光で少しそれほど真っ暗でもない。いつ寝たのか思い出せないが、とりあえず体を起こす。


「……眠いな」


『また』あたまがボンヤリとする。普段からこんなにねぼったい性格だったのか。なんとなく、時計を確認すると、六時半という微妙な時間帯だった。



(とりあえず、とりあえず、とりあえず……)



 なにも考えずに体を動かす。気が付けば(……まただ)テーブルには食パンと目玉焼きと手でちぎったレタスが用意されていた。誰もいない空間での食事は気が楽でいい。そう思うと、自然と食欲が増していき(同じだ)、気が付いたときにはもう皿の上には何も残っていなかった。


「なんだかデジャヴュを感じる」


 下らない感想と共に登校準備を終わらせ、玄関を出る。少し気分が悪いのは夢見が悪かったからか。


 しかし正夢か、などと妙な事を思う程に今のところ同じことをしている気がする。



 外は夜だと言わんばかりに暗いのに、大勢の人の気配。当たり前の登校風景の様だった。いろんな生徒がいろんな話をしていて、夜とは思えないにぎやかさ。そして次に、名前を忘れたヤツに後ろから声を掛けられるんじゃないだろうか?


 ふと、振り返ると、そんな人物はどこにもいなかった。


「……さすがにな」


 だが、代わりに別の妙な奴が目に止まった。


 黒の上着に赤と紫のチェック柄のシャツ。


 学生の群れの中に圧倒的な存在感を持っているかんざしを付けた長身長髪の男。そいつが遠くから僕の事をにらんでいたのだ。他の人たちとは圧倒的に違う存在感を出している。


 どうしてそんな奴に気が付いたのかはわからないが、とにかくすごい剣幕だったのだ。ゆえに容易に察知できてしまったのだろう。


 向こうは僕の視線に気が付いたのか、すぐに視線を外して普通を装い歩いた。


 何かしたのかわからないが、とにかく僕は待ってみた。彼はどうせこちらに来る。何かしたのかわからないが、何かしらあったのかもしれない。しかし、かんざし男は僕を再び見ることはなく、僕の横を素通りして行った。




「――お前じゃないのか?」


「え?」



 一瞬だったが、何かを問われた。それがかんざし男のモノだったかどうかはわからないが、彼の声がイメージ通りだったので、きっとそうだと思えた。だがそうだったとしても質問の答えが返せなかった。


 そしてかんざし男は以後、何も言わずに人の群れの中へと姿を消していった。


 その後は何も変化はなく学校に着いた。特に変な事とも言えないのだが、夢の中で現れた同級生の奴。


 あいつが現れなかったことが少し気がかりだったが、そもそもそんな奴がいたかどうかも定かではなかったので、単なる夢の中の産物でしかなかったのかもしれなかった。



「センパイ! やっと見つけましたよ!」



 そんな風に思っていたら、小鳥のような高く澄んだ人物の声で呼び止められた。


 僕の目の前で仁王立ちしているが、背が小さい上に髪型がサイドポニーの所為で、ませた子供の様な感じの印象を覚える。


「センパイ、なんでもっと早く行動してくれないんですか! この非常事態に!」


「キミ、誰だっけ?」


「こんな非常事態にそういうボケとかいりませんから!」


 と言われても、正直困る。


 まあ見覚えがある気がするから、たぶん知り合いなんだろうが、今の僕はこの子の事を思い出せそうになかった。



「もうすでに何十人と町の人が消失してるんですよ! いい加減本気を出してください!」


「消……失?」


 なぜか、今朝みた夢の内容を思い出した。男が黒いモヤに殴られて終わった今朝の……夢?



「センパイ? ちょっと、センパイ?」


 今朝って、いつだ? いま真っ暗じゃないか。これのどこが朝なんだ?


 夢ってあれは夢だったのか? そもそもこれも夢じゃないのか? こんなに意識がはっきりしてはっきりしないここも、夢じゃないのか?


 変だ。なにか、いろいろ、ぜんぶ、変じゃないか?


「ちょっと……というか今のセンパイ、すごく不自然っていうかヘンですよ。どうしたんですか?」


「……わからない。今、何が起きてて、誰がダレなのか……。ぜんぜん、わからない」


「その冗談、洒落にならないんですけど」


「ジョーダンやシャレに聞こえたのか?」


「あーッもう‼ センパイを発見して状況が好転したと思ったら予想を直下降させる勢いで悪い感じになっちゃったよぉ!」


 ひざまずく姿勢で頭を抱えて叫ぶ少女。なんだか可哀想に思えてしまうのは他人視点だからか。でもこのままだと自分が悪い事をしてしまったみたいで居心地の悪さがある。なんとか落ち着いてほしいと思った時――


「まただ」


 人型の黒い塊のようなモヤが、女の子の真後ろに現れた。音もなく、兆候もなく、無から産み出されたように現れた黒い人型のモヤ。そしてゆっくりと、拳を剛くして作り、射線を合わせる。


「え?」


 僕の声に気が付いたのか、僕を先輩と呼ぶ彼女は呆気にとられた顔で自分の背後を見る。


 これは、再現かなにかなのだろうか? このままでは間違いなくあの拳は彼女の頭をとらえ、壁まで吹っ飛んでいくだろう。それをもう一度見る、という事だろうか。まあどうせ間に合わないだろうし、コレもきっと夢じゃないのか?


 だってそうだろ。あんな人でも動物でもない化け物、現実に居るわけない。


「たすけ――」


 名を忘れた彼女の最後の言葉は、途切れかけの救いの言葉だった。


 それを聞いてしまったら、なんだか無性に冷めた気持ちになった。同時に、目が醒めるような気分にもなった。


 しゃがんでいた彼女の顔を、左足で蹴り「――ヘブッ⁉」黒いモヤの拳の射線から外した。そして勢いよく空振った拳は直線状にいた僕にやってくる。



 拳が当たった時には死すら予感した。このモヤには質感がある。


 触れた感触が伝わってくる。モヤみたいな見た目のくせに硬くて、荒い岩のようにゴツゴツしている。当然痛かった。なのにそれだけではなく、身体の体重ごと持っていかれ、全身を飛ばされた。



 腹に穴でも空いたんじゃないかと心配したが、壁に叩きつけられて今度は意識が消えそうになる。


 声が全く出なかったのは、腹に空気がすでに入っていなかったからだろうか。息することもままならなかった。今更だが、やっと誤解が解けた。


 これはただの夢じゃない。じゃなかったらこんなに痛いわけがない。床が冷たい訳ない。


 でも現実でもない。朝なのに夜だったり、怪物が現れたり、夢の中みたいだ。


 色んな事がわからないまま、黒いモヤは足元に居る少女を再び目標物としてとらえた。


 今度こそダメだろうと思うこの場面で、僕の視界に誰かの足が割り込んできた。



「あら、潜ったらいきなり戦闘なんて、この人の記憶はずいぶん穏やかじゃないなぁ」



 間の抜ける様な物言いなのに、安心できるような態度。


 ハスキーな女性の声で、どこか強そうなイメージを持つ。牛皮のアーミーブーツに黒いハイソックス。全身を隠す勢いの深い碧色のロングコート。厚着のせいか、彼女の背中はとても大きく感じる。



「部屋主がどっちかわからないんだけど、どうやら今はそういうの関係ない感じで一大事なのかな?」


 その言葉にこたえようと思ったのだが、声が全く出せない。そんな姿を見て判断したのか、彼女は黒いモヤに向かって歩き始めた。


「よくわかんないけど、暴力はダメだって。一方的な暴力はいずれ、自分の価値観に致命的な欠陥を生むよ」



 指先のないグローブで指を小気味よく鳴らす。その威勢の良さに気が付いたのか、黒いモヤの目標が碧いコートの女に変わった。それをよく思ったのか、彼女はその場で歩みを止め、対話し始めた。


「うーん、キミは誰? そんな姿じゃあ、周りの人を傷つけちゃうよ」


 その質問に対して、黒いモヤは化け物張りに轟と響く叫びを上げ、音を支配した。


「もしかして、なにやらご立腹でしょうか?」


 先ほどまで威勢よく現れたはずの彼女は、叫音に怯まされたのか臆した声色が混じっていた。本当に大丈夫なのかこの人、などと心配してしまう。それを見て調子づいたのか、黒いモヤの塊が碧いコートの女に向かって突撃を仕掛けた。


 拳をわきの下で構え、自身の射程距離内に入った瞬間、スマッシュの要領で放たれた。しかし、女は一歩たりとも動かなかった。あんな凶器的なパンチを貰ったらひとたまりもない筈なのに、片手一本、右手を前に突き出してそれを止めてしまった。力も小技も使って無さそうなのに、ただ手を突き出しただけで彼女は奴のこぶしを収めてしまった。


「――ごめんね」


 黒いモヤも嫌な予感らしいものでも感じたのか、一歩後退する。だがそれを許さないと言わんばかりに碧い影が一歩詰め寄る。


「ちょっと痛いかもだけど、切断するよ」


 姿が消えたと錯覚するほどの速さで相手の懐に入り込む。、軽く左手をモヤの胸に当てた。


「トランスアビリティシステム起動。コード認証。禁止指定プログラムの解除。使用許可の確認、出力オペレーション自動開始」


 呪文のように唱えていくと、左腕に英文ではない英語……プログラム言語の様な文章が無数に並ぶ輪っかがいくつか浮かんでいた。あの左手に触れればなにかが起きる。


 それを黒いモヤも感じ取ったのか、しかし後ろへ体制を傾けている今、反撃するにも後退するにも、迷いなく突撃してきている相手を止めることは出来なかった。


「『強制排除(アボート)』実行」


 一帯がテレビの砂嵐のような白黒の視界と耳障りな雑音が生じた。


 そんな異音と同時に、等身が図れないほどの巨大な石門が黒いモヤの背後に空間を割り込んで現れた。突然現れた石門の二枚扉が開き、分厚い板に挟まれたあとで、やっと奴はそれに気が付いた。


 が、碧いコートの女はそんな奴を軽く左手をモヤの腹に手を当て、ただ押した。


 モヤの塊は扉に押し込まれ、砂の山が風で消えていくのと同じように、化け物は扉の先で影も形も残さずに消え去っていた。



「これでひとまず安全かな」


 何をどうしたのか、全然わからなかった。軽く流されて相手にもならないような、比較にならない強さみたいなものを感じた。



「あ、言うの忘れてた。正義と愛の傭兵、見参! あれ、愛と正義だっけ? どっちだったっけかな? そもそも見参って、ちょっと遅い? 古い? 参上の方がいいのかなぁ。ま、なんでもいっか!」


 なんなんだ、この人。





「破損部位のバックアップ開始、再構築プログラム起動」


 深碧のコートを着た女性がまず初めにしたことは、僕と倒れていた女の子の状態の確認だった。女の子の方は僕が頭を蹴った時に少したんこぶが出来た程度で済んだようだが、僕の方は少し深刻な顔をしてから、魔法みたいな技で治された。僕の体に触れると、一瞬という訳ではなかったが、徐々に調子が戻っていく感じがした。


「修復完了。たいしたダメージじゃなかったから、完治も早かったみたい。よかったね」


「ありがとうございます」


 彼女の表情には安堵と喜びが映った。助かって自分もうれしいと言わんばかりのその顔だった。……なんだか変な感じだ。ただ、この感覚は先ほどまでに感じていた違和感と違って、妙な気分とでもいう様な、ありえない事をされたって感覚だった。


「どうしたんだい? その信じられないモノでも見たって顔」


「え、いや……」なんだか心根を突いてくるような言葉だったので、咄嗟に別の話題へそらしたくなった。だから少し悩んだ後、当然の事を聞くことにした。「なんか、魔法使いみたいな事をするんだなって、思って……」


「あれ? もしかしてキミ、自覚とか全くない?」


 最初から全部知ってるだろうって態度だったようで、僕もどうしたらいいのかわからなくなってしまった。すると後ろからサイドポニーの女の子が心配そうな顔で覗きこんでいた。


「センパイ、もしかして記憶がないのって、本当にホントだったんですか?」


「だから最初からそう言ってる」


 そうして彼女たちはお互いに困った顔をする。そうすると本当に何もわからない僕はただ見つめられるだけの存在になってしまう。すると碧いコートの女がいち早く声を発した。


「さきに自己紹介しましょうか。じゃないと始まらないでしょうし」


「あ、それサンセー。センパイも自分の名前くらい思い出したほうがいいでしょうし。えっと、センパイの名前はツクモ、ユウマって言います。漢字までは覚えてないですけど」


 ツクモ、ユウマ。それが自分の名前なのか。なんだかあまりピンとこない。でもそれが自分の名前だったような気もする。


「で、わたしの方は村崎桜花っていいます。センパイのと関係は同じ結社の一員ってことで。センパイとタッグでこの町に潜伏してて、センパイはこの道の先人なんで、センパイと呼ばせてもらってるって感じです。……あの、思い出しました?」


「いや、まったく」


「やっぱり普段から役に立たない人ってどんな時でも使えないんですね」


 さらっと聞こえるように言った。コイツはきっと僕の事、最初からそんなに好きじゃないんだろうな。まあ、どうでもいいけれど。


「なるほど。ユウマ君は結構天然系で、桜花ちゃんは世話焼きな可愛い後輩って感じかな」


「いやいや、お世話上手だなんて……」


 そこまで言ってないだろ。つうか僕の天然系ってなんだ。どこら辺が天然なんだ。


「じゃ、次は私だな。時に人の悩みを聞き、時に金で人を助け、時に依頼を破っちゃう。愛と正義を貫く傭兵、空澄ヒカリとは私のことなのだ!」


 いろいろツッコミどころあるが。まず第一に傭兵なら依頼を破っちゃまずいだろ。


「つまり、良い人?」


「その通り! 桜花ちゃんは呑み込み早いなあ!」


 言葉の勢いと一緒に空澄さんは桜花に抱きついた。桜花もなんだかまんざらでもないらしく、顔を赤らめて潔く抱かれてしまっている。と仲睦まじくしていたと思ったら突然桜花の方が体を押しのけ、僕の前に出て守るような姿勢で対立した。



「て、待ってください! 傭兵ってことは、味方じゃなくってアナタは敵って可能性もあるじゃないですか! 助けて貰っておいてあれですけど、何処に雇われたかくらいはっきりしてください!」


 言われてからハッとなるリアクションを入れる辺り、空澄ヒカリという人物はおっちょこちょいか、あるいはキャラ造りの行き過ぎたリアクション人間なのだろうか。


「ごめんごめん、ついついうっかり失念してたよ。依頼先は『プロメテウス』、依頼内容は『日ノ國』組織員の無事の確認と、問題が発生していた場合には解決するってところかな」


 それを聞いて桜花はほっと胸をなでおろした。


「よかった。それわたし達の組織ですよ。助けをよこしてくれてたんだ……」


「まあ他組織との戦闘は特に任務内容にないから、敵対組織でも私に戦う気は全くないよ」


「そ、そうなんですか。それはそれでどうなんだろうなあ」


 桜花は複雑な顔をしてから苦みの混じった微笑を浮かべた。要するに助けには来たけど外部勢力との戦闘になっても戦わないよって言ってしまったような物だからか。


 まあそんな事がわかっても外部勢力とかいるのかという疑問が湧くのだが……。そろそろ話しに割り込んでも良い頃だろうか。


「あのさ、さっきから気になってて仕方がないんだが、結社って何の話なんだ? そっちの話が一区切りついたんなら、そろそろわからない事の説明が欲しいんだけれど」


 理解できない事が多すぎる。その結社って奴に僕がいたのかどうかもよくわからないし、ココがなんなのかもよく分かっていない。魔法みたいな事を平然とやる人間とそれを受け入れてる人間。僕だけ置いてけぼりだ。


「じゃあ説明の役目は桜花ちゃんに任せようかな。私は少しこの心世界を探索してくる」


「え、ちょちょちょ、ズルいですって! そういう面倒な事を任せないでください!」


「私も面倒だ。でも君の方が彼との付き合いは長い。色々と自分の事も気になるだろう。桜花ちゃんの方が適任だと私は思うな」


 いや、気持ちはわかるけど本人の前で面倒とか言わないでほしい。案の定、ばつの悪い顔がため息をついている。なんか嫌な感じだ。


「えーと。じゃあ先に根本的な事から説明しますね。一度しか言いませんからとっとと流しますよ」


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