【急―③】
「やればできるじゃないか」
ヒカリさんに電話を返したら、肩を叩いてそう言った。なんでヒカリさんに褒められたのかよくわからないけど、悪い気はしなかった。これで良かったんだろう。
ヒカリさんは携帯で時間を確認すると、先ほどまでのホッとした表情じゃら神妙にして無情な顔に変貌した。
「さて、そろそろだな。私は行くよ。キミはそのまま待っててくれ」
「え?」
唐突に別れのあいさつの様なものを聞かされて驚いた。その上、ヒカリさんは一人で背中を向けて公園から立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってください! 俺は、どうしたらいいんですか?」
立ち止まるヒカリさんは背中を向けたまま話しをした。
「キミの望んでいたモノが来るのさ。ほら」
彼女が何かを指差すと、その先には白い車体で黄色ナンバーの自動車が不自然に駐車した。車の種類なんて全然わからないが、スズキ社のマークがあるというのだけはわかる。
何の変哲もない普通の車にしか見えなかったが、運転席から現れた人物を見た瞬間に体中の血が騒いだ。
「どういうつもりですか……なんのつもりなんですか⁉」
あの車の主は、あの男は、忘れもしない……。俺を捨てて、俺を忘れて、俺を消した父親だ。
思わずヒカリさんに駆け寄った。
詰め寄って胸ぐらでも掴んでしまいそうな勢いだったが、ヒカリさんは真正面を向けて立ちはだかった。
こうしてみると、ヒカリさんは俺よりも少しだけ背が高く、見下ろした顔には後悔も後腐れもないと言っていた。そんなの、ズルいだろ。なんだよそれって言いたくなるだろ。
「なんだよ、それ。なんなんだよ。アンタ、なんのつもりだよ。なあ!」
途中から、訴えかける様な感情しか湧いてこなかった。
だって今は、そんな希望など望んでなどいなかったのだから。いや、望めないモノだと知ったからだ。
どうやったって手に入らない存在だと、俺はもう知っていた。
だから余計に、考えたくなかった。思い出したくも無かった。なのに、なんでいまさら、どうしてまた、こんな叶わぬ希望を連れてくるんだ。。
「会って、話しをして来い。それだけでいい」
だが無情にも彼女は突き放した。なんて理不尽だ。
「そんなの! ……会って、どうしろっていうんだよ。いまさら……」
自分の声が今にも泣きそうな程に声はか弱く震えていた。
自分が情けないなんて、今は考える余裕は無かった。でも彼女の表情を見て、今度は戸惑った。無表情を装ってはいたが、目に映る憂いを秘めていたその一片を見てしまった。
目は口ほどにも語るというが、今ほど恐ろしいと感じたことはない。なんで、アンタが辛そうに今にも泣きそうな目でいるんだよ。喉まで出掛かった言葉は、そこで止まってしまった。
「別に仲直りしろとか、言うつもりはない。話をするだけでもいい。何なら殴ってこい。もっと言うなら、殺したって構わない。キミにはその権利がある」
ヒカリさんらしからぬ言葉を聞いてしまった。そこまでの事なのかと思わせられた。権利とか動機とか、そんなもの関係ない程人殺しを否定してきたこの人が、それを勧めるのか。もう訳が分からないよ。
「とにかく、話をしてこい。それ以上は何も望まないさ。乗り越えてこい。でなければキミはいつまでも過去に捕らわれてしまうぞ」
それだけいうと、不明確な怒りや不満、それから処理不明の動揺と反論を一気に作って去っていった。どうしていいのかもわからずに、目の前に最大級の困難がやってきた。
「……きみが、優真くんですか?」
目の前の冴えない男が、他人行儀な言葉を掛けてくる。それだけで自分の血が騒ぎだした。




