一【幽魔が彷徨う町】
意気揚々と仕事スイッチを入れてから数時間後。
休憩を挟みつつ移動していたら、時刻は既に午後七時頃。峠道は既に暗さを極めつつあった。
交通制限が掛かっているわけでもないのに、道路は前も後ろも自分しかいない。そういう感じがまた寂しくてちょっぴり不安になる。
そもそもこんな誰もいない道の先にちゃんと町があるのか? という不安さえ生じてくる。
大変情けない話なのだが、私は暗い道とか一人ぼっちの夜というのがたまらなく怖い性分なのだ。
誰か反対車線に車でもなんでも通らないかと願いながら進むと、急に電灯の明かりが広がる道に出た。
期待と安心感が少しずつ現れるのと一緒に、目前に住宅が立ち並ぶそこそこの町が見えてきた。ここがおそらく蔵井町だろう。
そういえば詳しい概要は涼風ちゃんから聞いていなかったが、到着して少し印象を修正した。蔵井町というのは発展途上の田舎、と言うべき感じだった。
町は閑静で一軒一軒の家がそこそこ大きい。
畑や水田が多いし、商店街らしきものも確認できる。遠くにちょっとしたデパートみたいな建物が見えるのも、少し田舎っぽい。レストランとかは無さそうだが、食堂があったので今晩の食事はそこでとる事を決めた。
我が愛馬も空腹らしく、タンクの中がほぼカラッぽに近い。ガス欠は嫌なので、先にガソリンスタンドを探すことにしたのだが、何か様子がおかしかった。
「……静かすぎるかな」
いくら陽が沈んだからと言って、人の声一つしないというこの現状、いくらか小さい店を発見したが、どういう訳だかどこの店も中に店員が一人もいない。
少しずつ、蔵井町という場所が気味悪く感じてきた。
「なんで、誰もいなんだろう」
ガソリンスタンドを捜索中、結局一人も出くわすことなく目的地に到着した。
だが、ここでも人は見当たらなかった。田舎だからか知らないが、セルフスタイルではなかったので店員を頼るしかない。
なのにスタッフが誰もいないという信じられない状況だった。遅いと言ってもまだ夕暮れだ。ガソリンスタンドを閉めるには早すぎる。
結局、ドラスタに給油することはかなわなかった。
「……ちょっとシャレにならないくらい怖いかも」
誰かがいると思って来たのに誰もいない。いるはずなのに。そう思うと、バイクを運転していた時よりも、心細くなってきてしまった。それ以上に怖くなってきた。
「とりあえず涼風ちゃんに電話しよ」
寂しい時は愛しい人の声。これは心の栄養である。私には今、愛のビタミンが必要なのだ。
「……」「……」「……」「……」「……」「……P――電話をお繋ぎいたしましたがお出になりません」「PU――、PU――、PU――」
寂しいコールが繰り返しなった後、さらに寂しくなる連続音。
忙しいのか、それとも携帯の電波が悪いのか。もしやこの蔵井町にジャミング電波が発生しているのか。私にはそのどれかがわからないが、涼風ちゃんと連絡が取れないのが辛すぎて何も考えが浮ばなかった。
「こういう雰囲気はニガテなのにぃ。だ、だれかいませんかー……?」
我が愛馬のドラスタは空腹ですでに動く事は出来ない。もはやこの町を出ることも敵わない。
愛馬を置き去りにするのは心苦しかったが、しばらくは徒歩でこの町を散策するしかなくなった。頼れるのは己のみという現状、私は既に帰りたい気持ちになっていた。
それからしばらく、積み石と木板の塀の並ぶ住宅地の中を彷徨った。もうこれは自分が幽霊になっていてこの町を彷徨っているんじゃないのか? と錯覚する勢いだった。そういったビックリ系の短編小説みたいな雰囲気だったのだ。
この街についてまだ一時間も経っていないのに、いろいろと精神的に参っていた時である。
「――ヒッ⁉」
突然目の前で黒い塊が降ってきた。軽いのか、あまり大きな音を立てなかったが、割と大きい物体が落ちてきたように見えた。反射的に地面に落ちたそれを見下ろした。
目の前に堕ちてきたのは、ピクリとも動かない生きたカラスでした。