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八【パラサイトレイス】


「――という訳で、このネットワーク構築された心世界を全域フリーズ状態にさせる。以上がこの作戦の大筋書きだ」


 脳内シミュレーションをしては見たが、結局のところはユウマ君がどれくらいの対応力を見せるかが起点になってくる。ま、初見攻撃が彼に唯一通じる手立てだ。大丈夫だろう。



「桜花ちゃん、できるかな?」


「わたしは問題ないと思いますけど、本当に出来るんですか?」


「ダメだったらプランをシフトするまでだ。大丈夫、何も心配いらないよ」


 なにはともあれ、まずはユウマ君のおばあさんを探さないといけない。


 もはや一分一秒も惜しいので、様々なアビリティスキルを駆使する。ただし使うのは私ではなく、桜花ちゃんだ。


 今の私は上空の怨念雲の対処と体内データの不具合を放置している状態なので、かなり不安定だ。これ以上負担を増やされると私の御ミソがこんがり焼け揚がってしまう。



「エクスマキナからスキルを貰うなんて、ラッキーじゃあないか雑魚吉」


「ザコ吉いうのやめてください、テロリスト」


「テロリストって呼ぶな」


「キミ達、なんだかんだで相性よさそうだよなあ」


 ちなみにカンザシ男にスキルを使用してもらおうとしたのだが、ウィルスを仕込まれているんじゃないかと警戒して取り合ってもらえなかった。


 だからもう遅いんだって言いたいけど、そこはグッとこらえる。言ったら仕掛けが台無しだ。



「さて、早速サーチスキルで扉の向こうを調べて。大丈夫、全部起動から結果までオートだから、難しい事は何もしなくていい」


「はいッ」


 意気のいい返事と一緒に、桜花ちゃんもかなり余裕ができている。


 これなら少しは頼ってもよさそうだ。という訳で、勝手に桜花ちゃんの処理スペックを借りて自分の計算処理に分けてもらう。これでいくらか怨念雲との処理もやりやすくなる。


 なに、無料で複数アビリティを提供した御代金という奴だ。



「なんだかこのアビリティ、少し動作が重いんですけど……。あ、見つけました」


 桜花ちゃんが見つけた扉はドアノブが消えていて、入る者みな拒むという意思表示だろう。桜花ちゃんに部屋の内部を調べるスキルを利用してもらう。


 いくつかトラップらしきものがあったが、どれもこれも、攻撃性のあるものではなかったので無視と判断。そのままアンロックをしてもらい、普通に中に入る。


 部屋の中は何もなかった。呪詛がそこら中に張り巡らされていて相変わらずまっ黒だが、ただの四角い部屋にも思える。


 ただ呪詛が沸々と湧いている箇所があるから、やはりある程度は何かしらあったのだろう。その真ん中に、ユウマ君のおばあさんはいた。


 四散させてバラバラにさせてはみたが、やはり自身の体を覚えてしまったのだろう。散らせても同じ様にまた元に戻る。



『アァァァッ…………アァァァァッ……………アァァァア』



 目の前でこの力尽きかけた金切声を間近できくと、助けを求める叫び声に聞こえてくる。きっとこの姿のまま、今でもまだ苦しんでいるんだ。


「かわいそう」


 桜花ちゃんが彼女を見て呟いた。うごめいては苦しそうに床に落ち、私たちから逃げるように遠ざかったり、助けを求めるように近づいてきたり。


 もはや思考がまとまっていない状態だ。本当に、ただの亡霊の様だ。



「桜花ちゃん。渡したアビリティの中に『ユーサネイジア』というスキルがある。死者への手向けとしては、マシな送り方が出来るはずだ」


 助けたいと幾ら願っていても、誰かの死を回避できない場面も必ずある。そんな場面を想定して作ったのがこのユーサネイジア。心世界において、苦しまずに逝けるようにとクラフトした安死用スキル。


「ユーサネイジア」


 現実にはない、白い色をした炎が桜花ちゃんの右手の平に小さく現れる。


 それをゆっくりと老婆に灯す。白炎はやがて老婆を呑み込み、炎は鎮火しながら老婆の塊だったモノを無くしていき、浄化しながら消えていく。



「……わたし、正直、この人が許せないんです」


 桜花ちゃんが燃え逝く老婆だったそれを見ながら言った。


「自分がひどい目にあっていたからと言って、センパイに……子供に虐待なんてしていいはずないんです。


 でも同じくらい、かわいそうだって思うんです。この人の過去を見たら、そんな風に思ってしまうんです。辛い思いをずっと、長い間受けてきたんです。


 そんなのを知ってしまったら、なんだか、わからなくなってしまったんです」



「死んでしまえば全て清算される」


 同じく白炎を見ながら、腕を組んだカンザシ男が物深げにしゃべり始めた。


「良かったことも悪かったことも、全部一律でな。ぜんぶ無くなっちまうんだ。だからもう許してやれ。死んだ人間をいつまでも恨んでいたって、どうにもならん」


「そう、ですね」


 気が付けば、白い炎は意も知れぬ不思議な残り香だけを残して無くなっていた。彼女の残滓も今はもう残っていない。彼の言う通り、彼女は死ぬことによって、長い苦しみからやっと解放されたのだ。


「貴方、ホントにあのレヴィアタンなんですか?」


「逆に聞きたいが、お前らは俺等をどう見てんだよ。プロメテウスって連中は俺等を目の敵にし過ぎてるんだ」



 なんだかそっちの方では組織的なこじれが発生しているが、どうでもいいか。これ以上話を広げるつもりはない。どうせ私は傭兵だからな。


「話の途中悪いが、次の工程に入ろう。異変に気が付いてユウマ君が――」


 やってくるよ、と言いかけた所で記憶の部屋が縦に大きく揺れた。どうやら怨念雲の処理も放り出して突入してきたようだ。お蔭で大分楽に行動できるようになる。これは逆にいいパターンだ。


「じゃ、パパッと始めようか」


 桜花ちゃんには部屋の呪詛を一か所位に集めてもらう。ちょっとした手品の下準備だ。


「はい! 集束ポイント設定しました、起動します!」


 この空間一体の呪詛が同時に動き出し、一点の箇所に向かって集まりだした。この調子なら桜花ちゃんの方は問題ないだろう。こっちも少し本気でやってみましょうか。


「解析プログラム、フィールドの解析」



 いまこの場に居る心世界の部屋を洗いざらいスキャニングして頭の中に地図を作る。


 区画は多いが、どうやら本体はなさそうだ。この心世界自体も、ユウマ君の記憶からコピーしてきた代替物で、このエリアも一種のコックピットの様なものだ。


 これがあるからユウマ君はこのネットワーク化した心世界の部屋主として認知させ、コントロールできている。


 物凄いシステム構造だ。これは普通の人間じゃ作れない。ユウマ君は確かにすごいが、彼はこんなことできないだろう。


 凄さの部類が違う。間違いなく、プロエンジニアとでも呼ぶべき専門分野の人間が必ずいる。しかも、凄く近くに。一体誰なんだと思うが、やはり私の頭では一人しか心当たりがなかった。そんなはずは無いと解っているはずなのに――死んだ事を知っているはずなのに。



「よし、見つけた」


 重要となるのは中継用の代理ルームだ。


 これがユウマ君の本体と繋がっている。ユウマ君のおばあさんがこんな所に居たのはただの偶然で、その代理ルームを通じてこんなところにまで迷い込んできたのだ。凄い運命的なモノを感じる。お蔭で代理ルームを逆探知できる。


「ティンダロスの猟犬」


 逆探知スキルとしては最高峰のとっておきだ。次元構造無視で目標まで向かっていき、なんなら道まで作ってくれる。制圧力は皆無だが、攻撃を全く持って受け付けないというのが最も優れた特徴である。



 こちらの作業が終了に近づく頃、カンザシ男が自分の背中に生えた巨骨を左腕を掴んでいた。


「形態変化、九頭竜」


 骨の腕を引き抜くと、これまた剛と太い骨の大太刀に変わった。大剣の次は大太刀なんて、節操がない組み合わせだ。今更だが、九頭竜とアルマゲドンとは、どちらも物騒な名前を付けたものだな。


「あ、カンザシ君。キミに一つ言っておくけど」


「加減しろ、だろ。わかってるよ、背中から邪魔されたらかなわんからな。それよりそっちも、プロテクトエリアの解除、忘れるなよ」


「あ、ごめん、忘れてた」


「失敗したらお前の所為だからな」


「いま解除したから大丈夫だって!」


 本気で忘れていたのだから弁解しようがない。こういったうっかり癖をいい加減治さないといけないな。


「収集完了しました。ヒカリさん、いつでもいけます」


 と、こちらの準備は出来たようだ。徐々に灰色から白みがかっていた部屋の呪詛が一か所に集約され、黒の丸い球体となっている。


「よし、じゃあ部屋主さんには退去してもらいますか」


 ティンダロスの猟犬に作ってもらった道を利用して、代理ルームのコントロールを乗っ取らせてもらった。管理権限を唐突に失われたユウマ君はさぞ度肝を抜かれた事だろう。だが床を突き破ってやってくる彼の地震は終わることなくまだ続いていた。


「ま、止まらないよね。じゃ、カンザシ君、心の準備だけはしておいてね」



 カンザシ男には、もしもユウマ君がこのエリアに到達した際に時間稼ぎを頼んでいる。そうならない方が良い筋書だが、もしもという事もある。


「やるかやらないかはどっちでも構わんが、早くお前の作業をしてくれ」


「わかってるさ」


 桜花ちゃんに作ってもらった呪詛の塊の中に触れて、アクセスする。中には彼の日頃蓄えていた悪感情が溜まっていたが、その情報は今は無視する。


 部屋一個分の固定情報をかき集めて、必要な情報を抜き取り、ユウマ君のダミーデータを形成する。



「そっちの作業はどれくらいかかる?」


「五分は欲しい」


「奴が来るぞ」


「そっちは同時進行中だよ。もう終わる」


 強制離脱スキルの設定完了を実行。代理ルームのコントロールを奪ってからは好き勝手にいじくらせてもらった。ついでにオマケトラップを散々ばらまいてウィルスの詰まった玉手箱状態にした。後は強制維持のコードを検索、即時排除。


「よし、今なら普通に離脱できる……っとちょっと強引だよ!」


 成功したと思ったら今度はいきなり権限を横取りされてしまった。だがまだまだ。


「パンドラボックスが本気になったらやばいんだから、もっと丁寧に扱わないと」


 コントロールを奪われてからすぐに、レッドアラームが全域にわたって鳴り響いた。


「なんのトラップなんだ?」


「ただのビックリ系トラップと硬直ウィルスだよ。二〇〇ちょっと程かな。


 ユウマ君はどんなウィルスにも抗体を作ってしまうすごい特技があるけど、即行性のはニガテみたいだったからね。


 それを中心にビックリ箱を作ってみた。まあ、いずれコツを掴んで攻略されるだろうけどね。今はそれで充分さ。目的は彼の拘束じゃないしね」


 さて、おかげでカンザシ男の手は煩わせる事無く事が進みそうだ。


「相変わらず、やる事はえげつないな」


「相手の弱点を突くのは戦略の基本だよ。と、こっちの作業も完了だ」


 作業終了宣言をしてから、それは姿を現した。


 幼少時代のユウマ君であろう子どもの影だ。これはユウマ君の一部から作った存在だ。厳密にいえばユウマ君を似せて作った人形みたいなものだ。


 自立行動はしないし、感情もない。中身のない空っぽだ。だが心世界はこの影のユウマ君を部屋主として認知するだろう。というより、認知してしまうのだ。心世界の内部構造として、全く同じ魂の形というモノに対して精査ができない。だから『なりすまし』が可能なのだ。後はこれを使って代理ルームの取得権限を騙して奪取すればいい。



 ティンダロスの猟犬が作った道にユウマ君の影を向かわせる。


 代理ルームに到着するなり早速作業に着手。邪魔するものは今のところ誰もない。まるでイージーゲームだ。何事も無く、よって無事に心世界のコントロールを一〇〇%支配することに成功した。


 鼻を高くして誇ってもいいだろう。



「ふふん、作戦完了。案の定、強制離脱も不可になってたけど、今なら普通に離脱可能だ。あと、前述通り、時限式の凍結ウィルスを埋めたから、早いところ退散しよう」


 全て予定通り、という訳ではないが全体を通して上々の結果となった。良い事だ。本当に。……なのだが。


「上手くいったっていうのに、釈然としないって顔してるぞ」


 カンザシ男に意標を突かれたが、まさにその通りだった。なんだか釈然としない。上手くいきすぎている。完封しすぎている。


 本当はもっとギリギリなせめぎ合いになると踏んでいたのだが。なんだろう、肩透かしを食らったみたいだ。



「お前の手際が冴えてた。俺にはそう見えた」


「わたしもそう思います」


 二人はそんな風に私の疑問に何とも思わなかった。ではこれは私の単なる思い過ごしなんだろうか。


「……ま、これでお前との共闘が終わる訳だ。次に会う時は馴れ馴れしくするなよ。殺した際に後味が悪くなっちまう」


 カンザシ男はそう言って先に姿を消した。きっといち早く、現実に戻って彼の行方を突き止めるつもりなのだろう。彼は狙撃ができる。心世界で敵わないとしても現実で始末する選択がある。実際、その方が脅威なのだけど。


「ヒカリさん、私たちも……」


「あぁ、うん。そうだね」


 ゆっくりとはしていられない。自分で仕掛けた凍結ウィルスに巻き込まれて身動きが出来なくなったんじゃあ、間抜もいいところだ。


 でも何かが気がかりだ。それが何なのか、わからない。


 いや、今はいいか。わからない事に捕らわれて足をすくわれるワケにはいかない。わかる事からやっていこう。まずはそこからだ。





 心世界から通常離脱して目を覚ます。


 まず頭痛が酷い。中華鍋で頭を何度もどつかれている、なんて表現がまさにそんな感じ。音まで聞こえてきそうだ。どうやら無茶をし過ぎたようだ。


 オーバーワークが激しすぎて、少しクールダウンする必要がある。調理台のシンクの水道を使って頭を思いっきり冷す。何ならついでに手皿に水を溜めて飲み続ける。


 乾いた体に冷えた水が入って、気持ちが軽くなる気がした。生き返るといってもいい。


「あの、大丈夫ですか?」


 桜花ちゃんが心配そうに声を掛けてきた。おそらく一部始終を見られていたのであろう。


「ごめん、ちょっと疲れてね。タオル見つけてきてもらっていい?」


「あ、はい!」


 そう言って彼女はタオルを探しに部屋を出ていった。


「先に用事を済ませてしまうか」


 髪の毛から水がしたたり落ちて床を水浸しにしているが、気がかりだったユウマ君の魂が入っていたカラスを探した。存外簡単にその姿を見つける事ができた。


 ソファの上で死骸の様に横たわっていた。念のため触診してアクセスしてみる。予想はしていたが中身は空っぽでユウマ君の自我は既に入っていなかった。何も入っていない、空っぽの肉体……。


「お待たせしました……って何を調べてるんですか?」


「うん? いや、ユウマ君の残滓でも残ってないかと思ってね。それよりタオルありがとう」



 差し出されていたタオルを受けとり、濡れた髪をふき取る。さてどうしようと思った時、彼女の服の肩に見てはいけないモノを発見した。


「桜花ちゃん。ちょっと待ってくれる?」


「え? な、なんですか?」


 白いアレと黒くて形容したくない一本の筋……カラスのフンが……彼女の肩の服に乾いて残っていたのだ。


 ユウマ君が頭に乗っている時に生まれてしまい、桜花ちゃんをお風呂に入れた原因だ。見つけてから、しまったと思った。髪に付いていたのは洗い落としたが、服にまで付いていたとは思わなかったのだ。彼女に気が付かれてはまずい。


 彼女の両肩を強く掴んで後ろを振り向かせる。



「落ち着いて、このまま真っ直ぐ前を見て。黙って、待つんだ。いいね?」


「な、なんでものすごい剣幕な表情で――」




 とにかく力ずくで後ろを向かせて立たせる。


 すぐさま迷わず、ホルスターに手を掛けコネクターを掴んだ。


 彼女の後頭部に銃口を当てると、桜花ちゃんの体は猫を思わせる機敏な動きでコネクターを握る手を掴み、体が一瞬視界から消えたかと思うと背後を取られていて、気が付いた時には腕固めをされた。


 到底、あの桜花ちゃんがするような動きではない。完全にホールドされる前に、体をねじって足で桜花ちゃんの首を取ろうと試みたが、その前に彼女は手を放して距離を置かれていた。


「なに、してるんですか?」


「まだ猿芝居を続ける気なのか?」


 彼女の顔は長年戦場を生きてきた歴戦の戦士のように、悠然と平常心を保つ頑強な者の顔をしていた。普段の彼女から発せられる雰囲気とは全く別人のモノだ。確実に、別の誰かの魂が入り込んでいる。私はそれが誰だか、見当がつく。ついてはいるが、自分でも実際は半信半疑だ。


「……少し、話しをしようじゃないか」


 桜花ちゃんの姿をした別人は手を放すと距離を話して机を挟んで対面した。そして口を開いた。


「何故わかった? 誤差一%以下の再現率でこの体の人格をマネした。それがどうしてこうも早く察知できる。まるで最初から探していたみたいじゃあないか」


「彼の――ユウマ君の記憶を覗いたからね。貴方はずっとカラスの姿をしてユウマ君と一緒に居た。


 貴方が居たのなら、これくらいやりかねないと思ったからだよ。正直、全く気が付かなかった。まさかカラスの中に二人も人格が宿っていただなんてね。ユウマ君は良いカモフラージュだった訳だ。


 それで、カラスの中にいたユウマ君が去り、このままだと自分の居場所がばれると思って、桜花ちゃんの中に入った。違う?」



 口の中で血が走っているのがわかる。まぶたが今を絶対に逃さまいと決して閉じようとしないのも感じている。自分の中で、まだやりきれない思いが沸き上がっているんだろう。


 なんで今になって出会ってしまうのだ、と。もう二度と会えないと思っていたのに。




「粟国、蓮太郎」


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