零【愛と正義を貫く傭兵】
仕事の話はお昼時、日本最大級の湖が視界一杯に拝めるそば屋で食事をとっている最中に掛かってきた電話だった。
着信音で相手が誰なのかがわかったので、その電話は最優先でとる。
「はいもしもし、お姉ちゃんですよ! 涼風ちゃん、何か相談?」
我が愛する妹の電報は何が何でも最優先事項である。
たとえ目の前の琵琶湖がモーゼの如く割れても、よしんば水の谷から湖底に沈められた古代の住民が現れたとしても、さらに彼らが手に槍や剣を持って攻め込んできたとしても……――なにがなんでも電話片手におしゃべりを辞めたりしないだろう。
『電話越しでもうるさい人ですね。もう少し落ち着いて電話してください』
どうしたんだろうか、少し言葉にトゲというかストレスを感じる。
「あ、ごめん。今うれしい事が起きてね。なんと涼風ちゃんの方から電話してきてくれたんだよ! しかも三カ月と二日ぶりに!」
『そんなことをいちいち覚えてるんですか? 若干、気持ち悪いです』
「え、体調悪いの? 私の方は絶好調だよ! でね、今どこにいると思う?」
『聞きたくないです。それ以上にうるさいです。少し黙ってください、話ができません』
おっと、我ながら気が利かないな。要件があるから電話してきたのだ。そりゃあ私の方が話をしてはいけないか。
あまりにもうれしかったのでついつい自制できていないようだ。電話越しだが正座して話を聞くことにした。
『万年元気ハツラツな姉さんへお仕事の依頼です。手短に話します。蔵井という辺境の田舎町でウチの系列の部下との連絡が取れない状況になっています。至急、状況の確認と、可能であるならば問題の解決してください。座標はメールで送ります。以上です……――ッ』
業務的な話が終わるのと同時に通話を切るように無音になり、通信終了の文字が画面に出ていた。
「え? ちょっと待って! 今度またゆっくりお茶でも……しようって言いたかったのにぃ」
雑談する間もなく電話を一方的に話して私の言葉も聞かずに切られてしまった。どうも調子が悪そうだったからそれが理由かもしれないが。
悩みがあるならお姉ちゃんを頼ってくれてもいいのに、どうして相談してくれないのだろう。
「いやいや、今回の依頼を完璧にこなして――ううん、違う。完璧以上にして、涼風ちゃんの気持ちを盛り上げてあげよう! そうすれば涼風ちゃんの気分もよくなるハズ!」
蕎麦湯を飲んでほっと一息入れて気持ちをさらに上げていく。
体をあっためるのは今から長距離をバイクで移動するからだ。季節は春日といえど、陽が沈めば一気に冷える。まあ、空冷式のバイクにとっては良い事だろうが。
深碧のコートを着込み、漆黒に輝く我が愛馬、ヤマハの名作『ドラッグスター』の250㏄(以後ドラスタ)にまたがる。
ミラーに掛けていた黒のジェットメットとゴーグルを装着し、スタンドを外す。愛馬にエンジンを掛けるとマシンの鼓動が心地よく尻に伝わってくる。
無駄に二度ほど空回しさせると、周囲に走り出す合図みたいなことをしてみる。それから黒鉄色に輝くドラスタは勢いよく国道へと飛びだし、長い道路を一気に駆け抜ける。
「『愛と正義を貫く傭兵』の空澄ヒカリがその依頼、まかされた!」