【破―③】
「お前はいいな、自由でさ」
なにも考えない様にとしていると、そんな風に体を撫でられた。桜花が何か手持ぶさたに僕の体を抱いていたのだ。桜花の小さい手が背中の部分に当たると、暖かさに少し癒やされるようだった。
『世間話でもしたいのか?』
「ゲ⁉ ホントにしゃべるんだ、このカラス……」
自分から語り掛けてきて『ゲ』とは失礼な。でも桜花はまだ僕がユウマだとは気づいていないようだ。まあこんな姿になって僕だなんてわかる筈がないだろうに。
まあいい。この機会を利用して少し僕の記憶を失う以前の事を聞き出そうか。
「ところでさ、空を飛ぶ気分って、どんな感じなの?」
先に会話の先制手を取られたか。まあ自分から話を振るのもおかしいから、このまま流れに乗ってみるか。
『空を飛ぶ気分ってのは、空を飛んだ奴しかしらない。飛べない僕に聞かないで』
「あ、もしかして生まれつき飛べなかったりするの? ごめん」
いきなり重い会話になってしまった。話の流れを切らないように何とか繋げる。
『キミは自由に空を飛んでみたいのか?』
「んー? いや、それほどでも」
『なんだそれ。じゃあなんで羨ましく思ったんだ』
「自由にはなりたいから、かな。わたし、自分で選べた試しがないんだよね。この町に来たのも任務の所為だし、その任務を受けたのも、周囲の期待からだったし」
『なんで、自分で決めなかったんだ?』
桜花は少しためらって、悩んでから、結局わからない風に答える。
「……なんでだろ。他の方法がわからなかったから、かな。イイワケかもしれないけど」
しおらしく、そんな風に言う。変な話だが、疑問が湧いてくる。
『どうして逃げ出そうとしなかったんだ? 自由を求めるなら、嫌なこと全部から逃げ出せばよかったんじゃないのか?』
すると桜花は嫌味っぽく笑っていう。
「そういう事ができないのが人間なの。鳥類のキミにはわかんない話かもしんないけどね」
僕だって人間だ。と言いたいが、こらえる。だけどどうしてしなかったんだ。
『どうして逃げなかったんだ? 本当に嫌だったんなら、逃げ出せばよかったじゃないか』
「まあ、そうなんだけどね。でもさ、逃げ出したら、いろいろと面倒なんだよね。逃げ出した先に、何があるのかわからないし。その結果でいろんな人に恨まれるかもしれないって。兄貴にも迷惑掛かるし。そう考えたら、怖くて、逃げ出せないよ」
だから逃げ出せなかったんだと、桜花は情けなく告白する。でも逃げないと決めたのは自分自身な訳で、必ずしも自由ではなかった訳ではなかったはずなんだ。それで周囲の期待を断れなかったというのは、随分と都合のいい解釈じゃないか?
『俺には、そんな事を考える余地すら無かったのに』
まただ。
また何かのような言葉が浮んでくる。思い出しただけでも嫌な感情が湧いてくる。胸の中で鉄をグツグツに溶かしている様な熱さと気持ち悪さが込み上げてくる。この、形容しがたい感情を僕は知らない。知りたくもない。
『教えてやるよ。それは怒りだ』
うるさい、黙れ。聞きたくない。
『いい加減、目を覚まそうぜ。お前だってわかってるんだろ?』
遠回しにしてきた答えが迫ってくる。
やがて時間切れの合図のように、遠くから響く鐘の音が聞こえてくる。




