【破―①】
これは疑問だ。
壊れてしまったと実感したのはどの時点だったのだろうか。それとも毎回そんなタイミングあって、その都度壊れていったのかもしれないな。要は一度ではなく、問題は連鎖的だったのかもしれない。まあそんな事を考えてもしょうがない。もはや手遅れだ。
だがしょうがないとは言っても、考えてしまうのだ。どこかで転換できた切欠があったのかもしれない、と。
そう、例えばあの時――。
日ノ國とかいう秘密結社に入って一週間後の事だ。まあ別に日常生活を普通に送っても構わないらしかったので、変わらぬ日常に浸っていた。それが良い事なのか悪い事なのかは判断できないが、そもそもほかの選択肢がなかったので、これもしょうがない。
そんな風に思っていた頃、この閉鎖された蔵井町に若い少女の住人が増えた。そいつは日ノ國から派遣された、俺の相棒らしかった。まあそんなのが必要なのかどうかは知らないし、どうでもよかった。
「初めまして、村崎桜花です。よろしくお願いします。ツクモ先輩」
握手を求められたが、そういう熱い系の人間なんだろうか。と思うたが、どうも動きがはきはきしない。そう言う人間は声から覇気を出すものだ。彼女はそうではなく、形式に乗っ取った文章を棒読みで語る、そういった雰囲気だった。まじめに取り組むフリをして、逆に惰性で生きていくことを求めている。そういう人間なのだろうか。
「よろしく」
そういうのは歓迎だった。俺も面倒な事にいちいち付き合いたくなかった口だからだ。同族意識を感じたから仲良くしようと思ったわけではないが、一応の礼は尽くしてもいいと思えそうだった。だからその場限りの同盟握手をしたわけだ。別に迷惑を掛けあってもいい、友達とか相棒だとか、そんな風になりましょうって訳じゃないと思っていた。
だが、日をまたぐ前に、彼女は再び来訪してきた。
「センパイ、あの、デパートがあるって聞いてたんですけど、もしかしてあの廃ビルだったんですか? それにここの商店街、全部シャッター掛かってるんですけど」
この桜花という人間は、この蔵井町のルールを全く知らなかったらしい。
秘密結社というからには現地の情報を収集し、溶け込む為にいろんな事を知っているものだと思っていたのだが、そういった憶測は打ち破られてしまった。そしてどうしていいかわからない女子が誕生してしまい、別に絆も信頼も特にない俺のところまでやってきてしまった。
放って置いても俺には何の不利益もないのだが、このまま知らぬ存ぜぬを通しまうのはあまり気分の良い物でもなかったので、せんべつくらいはしておくことにした。
「あのデパートはもう何年も前に撤廃してる。買い手もないからずっと空きビルだ。あと、商店街はよそ者が来ると閉まる様になってる。お前が行ってもなにも売ってくれないよ」
「な、なんですかそれ?」
「わからないかもしれないが、この町はそういうシキタリみたいなのがあるんだよ」
「じゃ、じゃあ、ガソリンスタンドの近くにコンビニもありましたけど、そっちはどうなんですか? あそこはここに来る前に一度見ましたけど、普通に営業していましたよ?」
「コンビニとガソリンスタンドは外から来た客を追っ払う事はしないが、かなりぼったくる。利用するならいざという時だ。もともと外から来た奴をまともに接客するつもりもないがな」
「そ、そんな……じゃあどうやって普通に買い物するんですか⁉」
「俺は休日にバス使って隣町に行って大量に買い込む。それを冷蔵庫に入れて一週間過ごす」
「うええ、ここ、どういう町なんですか?」
「ただの超排他的な田舎町だよ」
彼女はどうしようと頭を抱え、不安オーラをまき散らしまくった。俺の部屋の真ん中で。これはつまり、助けてくれと頼んでいるのと同義だ。なんで今日昨日に会った人物の不幸を自分の部屋の真ん中で目の当たりにしなければいけないのだ。
「今日くらいウチで飯食っていいから、いちいち落ち込むな」
ふと、考える。この時点だったんじゃないのか、と。
こういう無益な優しさが、いけなかったんだろうか。いいや、そんな事はない。たぶんこれは切欠でもなんでもない。積み重ねの一つでしかない。
だからきっとこの優しさは関係ない。
結局、俺は彼女に少しまともな料理をふるまい、満足させるに足りる接客をし、文句なく終わらせることに成功した。それなのに、彼女は余計な事を聞いてきた。
「ところで、センパイもこの町の住人じゃあなかったんですか? なんでセンパイも隣町へ買い物に行くんですか?」
どうしてそんな質問をされたのか。そしてどうして、俺はそんなものに答えたんだか。こういうのも、関係しているんだろうか。
「俺も、外から来た人間だからだよ」
きっとこれも切欠ではない。きっと積み重ねだ。
自分が壊れてしまった、ただの積み重ねの一部分。
問題はほかにも山ほどあった。だから津雲優真という人間が壊れたのは、きっとほかの要因だったのだろう。




