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二【失敗の連続】


 私は怪我をしたカラス(中身はユウマくんだった)との会話の手段を確立していた。中身は下らない与太話だが、ちゃんと齟齬なく会話できているかという確認にはもってこいだ。



「世界平和という願望があって、キミならどういう手段を思いつく?」


『えーと、それはどんな手段でも構わないんですか?』


「文字通り構わないさ。世界征服で全てを屈服させるって発想でも構わないよ」


『世界征服、か。それはきっと本末転倒だと思う。だってそんな事をしたって、人間は抑圧された世界に我慢できない生き物だ。だから、きっと革命とか反逆がいくつも起きてしまう』


「だろうね。私もそう思う」



 会話方法は、直接カラスの体に触れて、感情を読み取るといったモノだ。私は道具なしで人の感情を読み取ったり、心世界に侵入する事ができる特異体質持ちだ。


 でも動物相手に心を読み取っての会話はこれが初めてだった。まあ動物の心を読み取った事がない訳ではないが、彼らはあまりに自由奔放で会話になった試しがなかった。そもそも彼らに、人間の都合などあまり関心がない。


 だが、やはりこのカラスの中身は人間だ。



『いや、そもそも世界平和なんて実現する必要ないんじゃないかな?』


「その心は?」


『きっといろんな平和が実現しても、なにかの要因で平和を否定する人が現れる。そしたら全部徒労で終わっちゃうんじゃないかな?』


「つまり、争いは終わらないと? ずいぶんと世界平和を否定するね」


『すみません、あまり考えたことのない話だから。逆に空澄さんだったら、どんな方法を思いつきます?』


「うーん。みんなに世界の伝統料理を食べてもらってお腹いっぱいになってもらう。お腹いっぱいになったらみんな幸せじゃない?


 喧嘩とか戦争とか、どうでもよくならないかな?」


『いや、たぶんそれ空澄さんが食いしん坊な考えだからそう思うだけだよ。だって宗教的に禁じられている食べ物とか、生理的に受け付けない食材だってある訳で……』


「うーん、そうかなぁ? というか私が食いしん坊ってどういうこと?」


『いや、十分に食いしん坊でしょ。コンビニに置いてあるおにぎり、パン、弁当、カップ麺全部一人で食べておいていい訳とかできないですよ』


「なによ、ユウマくんも一緒に食べてたじゃない」


『おにぎり一個ですけどね』


 でなければ、こんな風に論理的に整った会話をすることはない。


「うん、テスト終了。もう安定したかな」


 もう確認も必要なしと判断して、コンビニから出ていくことを決断する。ちゃんと食事分の金額はカウンターの上に置いてあるので、これで盗み食いにはならない。


『あの、さっきの世界平和の話って何か関係があったんですか?』


「うーん? まあ関係はないようで、なくはないよ。お蔭でユウマくんがどんな人間か少しわかったよ。キミは真面目で現実主義だってね」


『はぁ、そうですか。じゃあ空澄さんは故意なく茶化す人って所は間違いないですね』



 意外と彼の物言いは容赦がないな。一応、考えている事をダイレクトに通さずに、一時伝えるか否かを出来るようにストッパーを作っておいた。伝えるかどうかは本人次第というシステムを組んだはずなのに、彼はズバッと物申してしまう人物らしい。敵を作りやすい突発人間の特徴だ。


「ま、その話しは一旦置いといて、調査に戻ろっか。キミの体を元に戻すためにね」


『……はい、ありがとうございます』




 一時は町の全員が忽然と消えたゴーストタウンのように思えたが、それは少しだけ違っていた。コンビニの裏方やカウンターの内側にはちゃんと人はいたのだ。まあ、トランス状態で眠っていたが……。


 いくつかの家を巡ってわかったが、家内にはちゃんと人は居て、ほとんどの住人は布団にもぐっている状態だった。中にはほかの事をしている人間もいたが、大体が夜に行動する事の途中だった。


 つまりこのことから言えることは、深夜の時間帯に、蔵井町の住人達が一斉に心世界に引っ張り込まれたという事だった。


 ガソリンスタンドに誰もいなかったのは営業時間外に異変が発生したから。コンビニは二十四時間ゆえに数人が店の奥に居たからだ。


『鼻歌なんてしながら、よく調査できますね』


「あれ、不愉快だった?」


『いえ。随分と調子がいいんだなっと思って……。怖くはないんですか?』


「うーん、そうだなあ。一応、人が確認できているなら、別にホラーではないし。それに今は楽しい話し相手がいるからかな。ぜんぜん怖くないよ」


 どちらも本心だ。町の住人が心世界に捕らわれているのなら、心世界を展開している本体をどうにかすればいい話だ。ならやることもわかりやすい。


 やるべきことがわかっているなら、その事に集中できる。恐怖など、感じる必要もない。ミステリーでもホラーとサスペンスくらい差がある。


『……強いんですね』


「そうでもないよ。この町に来たときは誰もいなくって電話しても誰も出てくれなくって、もう寂しさで死んじゃいそうだったよ」


『今の貴方を見てたら、ただの謙遜に聞こえてきます』


 どうにもネガティブというか、後ろ向きだな。まあ仕方がない。自分の体が今どこで彷徨っているかわからない状態なのだ。二度と人間に戻れないかもしれない、なんて考えていたら、ストレスも余計だろう。何か明るい話題に切り替えないと。



「そういえばユウマ君は兄弟っているかな?」


『何を突然……。記憶がないのに、わかる訳ないでしょうに』


「私にはね、妹がいるんだ。涼風ちゃんっていうの。


 ぶっきらぼうで、でもお節介焼きで、子どもなのにすでに美人なの。お母さんに似たんだろうなあ。私の自慢の妹なの。まだ学生だからユウマ君や桜花ちゃんとは気が合うと思うの。今度紹介するね」


 すると彼は嘆息するように「くぅ」と実際の声をだした。どうやらこの切り口でもダメだったらしい。どう話題を作ればいいのか、本気でわからなかった。そもそも彼が話したくない気分なだけだろう。


 となれば話題を提供すること自体が間違いだろう。


 すなわち、長い沈黙の始まりだった。苦手だな、こういうの。



「あ、空澄さん!」


 沈黙が始まったと思うその時、何やら目の前に桜花ちゃんが現れた。


 ここでの彼女の登場は嬉しかった。彼女はユウマ君の事をよく知っている。雰囲気をよくするにはうってつけだった。彼女は屈託のない笑みを浮かべてこちらに走ってきた。


「桜花ちゃん、頭痛は大丈夫かい?」


「あ、はい大丈夫で――」近づいてくる彼女に一瞬で突撃し、右肘で腹の中心にズドンと差し込む一撃を落とした。「フブッ⁉」


 彼女は体をくの字にして動きを止め、地面に落ちていく。即座に意識を落とせてよかった。だが状況がわかっていないユウマ君は騒ぎ始めた。


『な、何してるんですかアンタ‼』

「肘鉄」

『そんなの観てりゃ解りますよ! なんで突然桜花にそんな――』


「桜花ちゃんはマインドハックを受けている恐れがあります」


『は――?』


「私は彼女に、どんな質問をしても答えは『こってり野菜ロスト油増し増しニンニク増し増し麺バリカタ』を絶対に一度は言うようにハッキングして置いたのさ」


『なんてひどい呪いを⁉』


「実はラーメン屋に入って『ご注文は?』の質問にこの返しをさせるのを少し期待していた」


『野菜ないのに油とニンニクだけなんて、女子には致命的だ』


「まあ、冗談はさておき何者かは知らないけど、彼女の脳内をいじった破廉恥がいる。とにかく彼女を治そう。それが先決だ」



 と、彼女に手を伸ばそうとした瞬間、何かが視界の中に邪魔をした。太陽の光を何かが反射したのだろう。その光は廃れたデパートの屋上から来たように思えた。


 とっさに身の危険を感じて動くのをためらうと、空を裂く一点の弾丸が目の前を通過した。それを追いかけるように、鉄の咆哮が届いてきた。


「あっぶなぁ」


 少し気が付くのが遅かったら左脳から右脳に掛けて脳を破壊されるところだった。


『な、なんなんだよ一体⁉』


「狙撃されてるだけさ。だけど、ここから距離は約七〇〇ヤード程度。この距離で狙って撃ったとしたらそこそこの腕だね。観測手が必要な距離でもないでしょうに」


『なにを悠長に訳の分かんない事を言ってるんですか⁉』


「大丈夫だって、世の中一㎞スナイパーなんて珍しくないし、この距離で外すのなら注意を払っていれば当たらないよ――……いや、前言撤回」


 桜花ちゃんのスカートのポケットに無駄に大きな無線機がわざとらしく押し込まれていた。これはつまり、交渉しようっていう誘いだろう。余裕ぶっていたけれど、相手はわざと今のを外したのかもしれない。


 やな展開だが、断る訳にはいかないだろう。


『はじめましてと、言わせてもらおうか』


 無線をとると、向こうから話しかけてきた。


「どうも初めまして、名手さん。危うく死んでた」


『その程度で死ぬんなら貴様はその程度だったって事だ』


 相手は当然ながら強気だ。圧倒的優位に立っている上での交渉か。一筋縄ではいかないな。


「手短にいこう。要件は?」


『この事件の解決。そのためにツクモユウマの確保が最優先だ』


 ピクリと、手の中でユウマ君が動いた。まさか自分の名前が呼ばれるなんて思ってもいなかったんだろう。


「悪いが、私も彼を探している最中だ。君の要望には応えられない」


 嘘はついていない。彼の本体を探しているのは本当の事だ。例え腕の中に彼の意識があったとしても、間違いではない。相手がどれほど状況を理解しているかはわからないが、下手に情報を出すほど、私も甘くはないつもりだ。




『そうか、残念だ。では――あとはわかるな?』




 二射目が来る。そう確信すると同時に、弾丸は予測通りに飛んできた。胸に一直線に飛んでくる弾に身体は追いつくはずはなく、為すすべなく深碧のコートの左胸に穴を空けた。同時に凄まじい鉄の衝撃が体に響き渡り、身体は力なく地面に叩き堕ちた。何とかユウマ君を手放す事はしなかったので、まだ会話可能を持続できる。



『空澄さんッ⁉』


 口での返事を避けるべく、彼の脳内に直接思考を伝えることにした。


『……う、ぁあ。すっごい。


 あいつ今度はスコープ無しの肉眼でこの距離、心臓を狙って撃ってきたよ。


 たぶん一射目に私が奴のレンズに気が付いた事に対する対策だろうけど。だからって感覚なんかで狙ってる訳じゃない。絶対見えて撃ってる。


 その上おかしいのは、この弾の中途半端な威力だ。狙撃銃じゃない。ただの短小銃かも。そんなので撃って当てたなんて、どんな凄腕ハンターなのさ』


『撃たれたのになんで平然としゃべってられるんだよ!』


『慌てないでよ。まだ生きてる。どうやら胸ポケットの何かに当たって怪我はない。幸い痛いだけだ。それより死んだふりして奴が狙撃地点から離れる時に桜花ちゃん連れて逃げよう。素手で銃に勝てるわけがないからね』


 横たわっている状態で屋上を確認する。どうやら相手の気配は消えている。今ならさっさと尻尾まいて逃げられる。


「よし、位置から移動した。桜花ちゃん担ぐから、頭の上にでも乗ってくれるかな」


『わ、わかった』


 背中に桜花ちゃんをおんぶして、彼女の頭にユウマ君がのっかった状態で私たちは近くの民家の中へ逃げ込むことにした。……余談だが、鳥という生き物は脱糞を我慢できないらしい。


 理由は尿をためておくための膀胱がないからだそうだ。だから彼がいつ食後の排せつ物を落としてしまっても、それは仕方がない事だ。


 もし悪いとすれば、それは村崎桜花という女の子の運が悪かっただけだ。





 玄関は当然のように閉まっていたが、裏口を調べると不用心にも空きっぱなしであった。だが物取りが目的でもない。


 緊急避難をさせてもらうという大義名分の元、無断で厄介になるだけだ。あまりいい気分ではないが、融通が利かない事を言っている場合でもない。


 そして誰もいない神棚のある和室を陣取り、座布団を二つ折りに枕代りにして桜花ちゃんを寝かせる。そして閉じたまぶたに手を当て、彼女の記憶を少し垣間見た。


 私は数刻前程度の記憶を読み取ったり、感情を読みとく程度ならば触れるだけでできる。小窓から覗く感覚で知覚できるのだ。だが、深いモノだと、それは見えなくなってしまう。


 今更だが、心世界というのは人間の脳内にある感情や記憶といったモノをビジョン化して、その中へ侵入することを可能とした世界だ。


 人によって形態や性質は様々だ。だが万人に共通する基本的な構造はある。


 心世界は簡単に三段階の構造に分ける事ができる。表層、中層、深層の三つだ。


 表層は浅い記憶で、数日もすれば忘れてしまう様なところだ。中には忘れないモノもあるが、それはのちに中層へと移行する。中層はそういった忘れなくなった記憶の層で、心世界の形作るのは中層の影響が一番強い。


 最後に深層だが、ここが一番厄介だ。自分でもなかなか思い出すことが難しい根本的な部分で、心世界の部屋主の感情や思考の源泉がある。心世界でも探し出すのはかなり苦労する区画だ。だが深層を見つける事ができれば、本人を自由自在に操る事も可能となってくる。本当に色々と厄介な区画なのだ。



 私が触れるだけで感じ取ったり、少し弄ったりできるのは表層部分だけだ。だが桜花ちゃんの弄られた記憶を元に戻すには最低でも中層まではいかなくてはならない。何せ行動の主導権を乗っ取られている状態にあるからだ。もしかしたら深層にまで入り込む事もある。


『マインドハックされてるって言ってましたけど、桜花は大丈夫なんですか?』


 不安そうに淀む言葉に、とりあえずは気楽に言葉をかえす。


「大丈夫、そんな難しい状況じゃあないさ。ただ、私は今から彼女の心世界にダイブする。君はコッチ側に残っていてくれ。キミもついてきたいと思うだろうが、女の子の世界に男が入っちゃあいけないよ」


 するとユウマ君はすんなりと受け入れた。まあ自分でも卑怯とは思う理屈だったが、本心を覗き見る人物は少ないほうがいい。人の心を覗くというのは、良い趣味じゃあない。


「じゃ、少し行ってくるよ」


 後ろ腰のベルトに着けたホルスターからコネクターを取り出す。


 私のコネクターは少し大きく、SF映画に出てきそうな少しエレキテルな形をしている。配線がむき出しになっていたり弾倉のような物が円柱の形をしていたり、正直あまり使い勝手はよくない。逆にそれが愛着を持たせるところなのかもしれないが、やることは他のコネクターと差して変わらない。頭に銃口を向けて、引き金を引くだけだ。


 引き金を引くと、既に現実の光景ではなくなる。イメージは扉を手で押し開ける感じ。そして内側に入ると自分自身の体が吸い込まれて後に落ちていく感覚になる。


 人の心の形をよく自然の川や木で表現されることが多いが、私は宇宙の様に広がる空間だと考えている。色々な記憶が星々のように配置され、光色を放っている。星に触れると記憶をさらに引き出す事ができる。


 桜花ちゃんの心世界は全体的にセピア色をしている。少し寂しくて、停滞と安定を希望するような感情だった。だが年相応なのか、すこし不安定で歪む部分もあり、思い悩むと攻撃的な衝動に駆られるという若気の象徴が見られる。そして淡く輝くルビーの結晶。あれこそが桜花ちゃんの本質だ。


「熱情と厳格、か。いずれ桜花ちゃんは強い女性になるね。とりあえず敵の足跡をたどるか」


 アビリティの中から心世界に残る履歴を探る。同時に周囲を警戒する。きっと敵の事だから何かしらの罠を張っているだろう、と。だが襲撃の気配はなかった。


 敵は特に隠す様子はないようで、どこへ侵入し、何をしていったのか、わかるようにしていた。


「どこまでも誘う相手だな。少しくらい木の葉は撒くだろうに。素人みたいな事する相手だ」


 そういえば狙撃された時もそうだった。下手だと思っていたら、その先にもう一手用意している。こっちでも同じことが起きる事をあらかじめ予測しておくべきだろうか。


「探索プログラム起動、斥侯キャラ召喚」


 燕尾服を来た男性マネキンが一体とメイド服を来た女性マネキンが四体現れる。


 斥侯として出したものだが、デザインはあまり拘らずにシンプルな感じだ。動物をモチーフにしても良かったが、部下を従えるお姫様なマネを昔はしてみたかったのだ。このキャラ達はその名残だ。できれば彼らにも自我を持たせてみたかったが、それは叶わない夢だ。


「じゃ、アルフは中央指揮、ベイタ、ガマ、デル、シロは指示座標に移動、探索開始」


 彼らは一切の反論もせず、従順に私の命令に従って散り散りに探索を始めた。しばらくすると女性マネキンの一体が帰ってくる。続いて二体、三体と帰ってくるが、四体目が帰ってこない。


「当たりを引いたか」


 ちなみに、足跡を残した先には複数のトラップが仕掛けられていただけで、何もない空箱だった。どうやらしっかり撃退するつもりでいるらしい。


 キャラをすべて回収し、帰ってこないシロが向かった記憶区分へと進行する。


 到着したのは中層部の中でも一つの土地として確立していた重要地であった。ここから先は宇宙空間の様な足場のない空間ではなく、現実世界に似寄った形成をしている事になる。


 しかもこの中層記憶区は一部で深層と癒着している。なるほど、よく調べるとここの区画はかなりのウィークポイントだった。



 さっそく侵入すると、どこかの屋上に出た。フェンスはあるが、人が訪れる様な感じはしない。下を見ると校庭がよく見える。それでここは学校だということがわかった。周りの風景は蔵井町に見覚えがあるので、たぶんユウマ君と同じ学校だろう。陽が傾き、時刻は夕刻の四時とか五時とか、たぶんその辺。何かの思い入れがあるのか、あまり深入りはしないようにする。


 女性マネキンのシロがどこかにいるだろうと探す前に桜花ちゃんを発見してしまった。


 記憶内に形成された本人の知覚によって現れる彼女の影だろう。桜花ちゃんの影は何か物深く建物の下を注視していた。そこにはマネキンがばらばらになって落ちているイプシロの姿があった。


「どういう状況なんだろ、これ」


 校内の構造が明確でないので、フェンスを乗り越え校舎から飛び降りる。心世界での私の身体能力は現実世界とは比にもならないほど高いので、これくらいで怪我の心配など微塵もありえない。数秒も待たずメイド服のマネキン惨殺体を回収する。そこから見える場所に、異変はあった。鋼鉄のアイアンメイデン像が一体、その背中から二人の小鬼が天使の翼のように両肩から生えた異様な生物。とても桜花ちゃんのセンスとは思えない物体だ。外部からの手が加えられた存在だろう。


「考察するに、この記憶は桜花ちゃんが過去に目撃したシーンの再生で、どうやら本人としても相当印象深い事件だった。だから深層域と癒着していた」


 異形のアイアンメイデンは私の存在に気が付くと、二人の小鬼が背中から抜け出し、こん棒を振り回してやってくる。


「本気を使うには、ちょっと役者不足かもね。防御セキュリティを展開。反射スキルのオフ」


 これは身を守る為だけのプログラム、見えない透明な壁を出現させる。相手からの衝撃をはじき返す為の盾でもあるが、あえて反射スキルは辞めておく。用意周到な相手だ。


 コイツ等が破壊されると、ここの心世界を消失させるくらいのトラップがあるかもしれない、と考えたからだ。そして小鬼たちは目の前の獲物が壁を張っても殴りかかろうとしている。結果として奴等は壁に傷一つも付けられなかったが、油断はしない。



「解析プログラムの準備」



 セキュリティを解除し、小鬼たちに軽く触れた瞬間に解析を開始する。


 それだけでおおよそのプログラムグ構成は理解できた。どうやらこの小鬼と鋼鉄の置物は過去に起きた出来事の再現に登場する者達を変貌させているようだ。排除すればこの記憶自体が桜花ちゃんの記憶の中から抹消されてしまうだろう。



「うん、予想通り。本体はあっちの鉄置物で、小鬼たちは見た目通りの番犬ってことね。それにしてもこの配置……ウイルスを侵入させた訳じゃなく、直に犯人が来て現状をデザインしたと考えた方が妥当かも。そう考えると相手は銃の腕前だけじゃなくて、心世界戦にも自信があるってことか。でも腕自慢なら今回は運が悪かったかもね」



 深く瞑想するように目を閉じる。イメージは頭の中に電子画面の様なものを思い浮かべる。即興でワクチンの形成を図る。外科手術みたいに悪い部分を切除して既存に無い物を代用で要れても良いが、それはあまりしたくない方法だ。


 一秒も経たずして目を開ける。完成したワクチンを速やかに周囲へ拡散、反映させる。効能は見た感じだと、相手の動きが止まった程度には効果があったようだ。


「やっぱり鉄の置物は元に戻らないのね」


 でもこっちはおそらく心世界の部屋主である桜花ちゃんを洗脳するために配置してあるものだから、そこまで厄介なものでもないだろうと思う。


 とりあえず解析すると、いくつか潜入した者を自壊させるトラップが仕掛けられていたが、大した脅威でもなかった。ダミーを潜入させて空の人格を潜入、自壊させる。その傾向を観察し、ワクチン理論の構築。いくつかの予測パターンを算出し、その他の可能性も込みのワクチンを完成。ついでに接種対象の自動修復プログラムも導入しておく。



「いい腕してるわね。でもそれに頼ってる節があるのが若干気になるかな。多芸に見えて、一芸を磨き続けてるひた向きさ、その自信が見て取れるプログラムね。意外と相手は素直な一直線タイプなのかな」


 修復がすべて完了したのだろう、二人の小鬼とアイアンメイデンは姿を替えていた。脅威は排除され、全て元通りになった。そこには見慣れぬ三人の男がいて、何やらただ事ではない雰囲気で場に立っていた。


「気になるけど、個人のプライバシーに関わるからね、長居は無用。退散退散っと」


 出現した場所から戻ろうと屋上へと飛んで戻る。


 いまさらかもしれないが、心世界では物理法則はかなり曖昧だ。やろうと思えば宇宙まで飛んでいける跳躍が可能だ。まあ大抵雲を突き抜けた先には宇宙はなく、心世界の部屋から飛び出るだけだが。


 屋上に戻ると桜花ちゃんが相変わらず下を見ている。


 なるほど、あの三人組の男を見ていたのか。しかしながら、あの三人がどんな事件を起こすのか、ちょっとした興味が湧いてしまう。桜花ちゃんが忘れられないほどの出来事。少し気になる。だが良心の呵責を感じたりもする。揺れる天秤。常勝の善行が好奇心に負けてなるモノか……。



「見てから判断しよう。ダメなモノだったら墓まで持っていけばいいんだし」



 負けた。あっさり負けた。私の自制心は弱いなあ。いや、違う。これは過去に起きた現象の再現だ。つまり監視カメラを再生しているに過ぎない。


 つまり、これは桜花ちゃんのプライバシーを侵害するものではなく、あくまで過去の出来事の確認である。彼女の秘密を暴く事にはならない。と、自身の正当化を図っておく。



 下の景色を遠目から眺める。それから数分間、やり取りを聞いて、私は何とも言い知れぬ気分になって、心世界から出た。



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