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「キサマは廃棄処分だ」
それは唐突に告げられた死刑宣告だった。どういう意味なのかわからなかった。言葉の意味はなんとなく理解していたが、どうして自分が廃棄されるのかがわからなかった。
「そんな簡単な事がわからぬか? では言ってやろう。二十二号、貴様が感情という余計なモノを得てしまったからだ。道具やシステムは感情を持っていない。だから完成されているのだ。ワタシの望む結果に感情だなどというプログラムは有ってはならぬのだ」
博士はまるでゴミを掴むようにわたしの髪を引っ張って床を引きずった。痛かった。泣くほど痛かった。止めてくださいとすがってみたが、博士はわたしの言葉に耳を貸す事はなかった。
「キサマさえ完成していれば、これほど怒りはしなかった。ワタシの研究は、長きに渡り続けてきた研究時間は、ただの徒労となってしまったのだ。キサマの所為でな」
わたしは博士の研究で制作されたクローニング実験体。生体として完成した二十四体いた内の一人。様々な適性試験をくぐり抜け、兄弟姉妹は次々といなくなってしまった。今では二十四体いた兄弟姉妹も、わたし一人のみ。他のみんなは既に廃棄されていた。
博士に対し、兄姉たちの復讐心はない。それが当たり前なのだと思っていた。博士に殺生与奪を握られている事に、何の疑問も不満も抱かなかった。だが、この時は違った。
これはあまりに理不尽だ。今のわたしは死ぬのが怖かった。他の兄姉弟妹の様に、何も考えられず、動けず、死んでしまうのが嫌だった。
だが大人の博士の力と、まだいくばくかの生しか受けていないわたしとでは、とても太刀打ちなどできなかった。為す術なく、博士はわたしを白い箱の部屋に連れてきた。
狭い入口に強固な隔壁、二十四ものカプセル状の巨大な棺桶がずらりと並ぶ。空いている棺桶は今はもう一つしか残っていない。
首根っこを掴まれ棺桶に投げ入れられると、棺桶はわたしの意思など関係なく瞬く間に入口を硬く閉じてしまった。
透明な棺桶からわたしは最後まで博士にすがった。
だがそんな事でどうにかなるとは、もう思えなかった。嫌悪の表情を浮かべる博士に、わたしを生かすなんて発想は初めから持ち合わせていなかったからだ。理解したくなくっても、わかってしまった。
「その目だ。キサマのその想い感じる眼、そんな物があるから――」
博士はわたしの目を指差して、吐き捨てた。
「――いつまで経っても、人類は一つになれんのだ」
そしてわたしは廃棄された。
狭くて、真っ暗で、冷たくて、何にもできないここが、わたしの世界を囲んでいた。
今がいつなのかわからない。自分は果たして本当に生きているのだろうかと思うくらい、ここにいた。そもそも私という存在が本当に居たのかさえわからない。
事の始まりはちょっとしたことだった。人間社会を知るために博士から渡された資料。その中に書いていた単語だった。
「か、ぞ、く……?」
すべての生物に与えられた社会的グループ。
生まれた時から存在する家族と呼ばれるそれは、わたしにはよくわからなかった。でもそれがどのような言葉で意味があるのか、理解しなければならなかった。博士の望む存在でなくてはいけなかった故に、それはわたしの使命でもあった。
ためしに、自身の周辺で家族構成を構築してみた。わたしにとっての父親と母親。それが誰なのか……。
しかし考えれば考えるほどわからなくなった。わたしにとって博士とは、父親でもなく、母親でもない。博士は創造した親ではあるが、生みの親は細胞の提供者か、あるいは培養製造機だ。だからわたしには父親も母親もいない。
それを頭で理解した時、私はとんでもないことを思ってしまった。
「かなしい」
それはわたしが持つはずのなかった、そして持ってはいけなかった感情だった。
博士は感情を持ってはいけないと言っていた。わたしは道具だから。システムだから。
博士の望む物になれなかった。だからわたしは捨てられた。どこなのかもわからぬ闇の中で死ぬ。なにもできず、狭い棺桶の中で、生きながら死ぬ。どうすることもできず、ただ黙って泣き続けるだけの生だったと、受け入れる事しか許されなかった。
声を出す余力は十分にある。生きる気力もたくさんある。知りたい事も考えたい事も、まだまだ溢れるほどに、願いは山ほど増えていく。
なのにわたしは、ここで死ぬ。
誰にも知られぬまま、わたしはわたしを終える。
…………嫌だ。
「た、す、けて」
生きたい。
「だれか」
行きたい。
「たすけて……」
死にたくない。
かすれて消えていく声。弱いわたしの意識と共に、消えて、無くなっていく。いつしか意識が少しずつ崩落していき、自然と消えていった。