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ダンジョンダイバー1号

作者: Collared

 昼間のような明るさに包まれた空間、一人の光と一人の影がぶつかり合っていた。

 バッタのような姿をした光は黒い霧が立ち込める地下空間を照らし出し闇を払い、クモのような姿をした影は光に包まれながらも黒い霧を纏い光を蝕む。

 同じ異形の姿をしていながらも、身に纏うものは光と闇と対象的であり、互いに譲れぬものを賭けていた二人の戦いにふさわしいものだった。

 彼らが何者であるのか、それを知るには少し前に時間が遡る。


--------------------------------------------------------------------------------


「久しぶりですね。 先輩」


 ゴツゴツとした岩が転がる暗い広間の中央、大きな岩に腰掛けて俯いている男に声を掛ける。

 男は以前会った時と同じく片袖の無い白衣と、左腕の上腕に取り付けられた包帯と輸血器具が目立つ。


「お前か、久しぶりだな。 何年ぶりだったか」


 顔を上げ、ボサボサの茶髪の隙間から青い瞳が覗く。 以前より伸びた髪はこれといった手入れの様子もないので、長い間放置したままなのだろう。

 暗い中をよく見れば、清潔感のあった白衣はところどころ薄汚れて黄ばんでおり、包帯と輸血器具は血のドス黒い汚れが浮かんでいる。


「あれからどうだ? 人類のダンジョン攻略は良い感じに進行しているか? レンズ技術による恩恵も助かっているんじゃないか?」


 ――先輩の言うダンジョンとは、今私達がいるこの場所だ。 正確に言えばこの場所を含めた広大な地下空間、それがダンジョンと呼ばれている。

 古代魔法文明の地下墓から通じた空間は霧状の闇と強大な怪物"モンスター"が発生し続ける地で、ダンジョンの発見からは今にも続く長い戦いの始まりとなり、その戦いの中では様々な技術が生まれた。

 特にモンスターの体内に生成される鉱物"血晶"を加工した触媒、"血晶板(レンズ)"は様々な形で人類に様々な益が齎され、現代文明ではなくてはならない存在にまで発展したのだ。


「ええ。 少なくとも私がここに来ることができる程度には攻略は順調で、旧来の方法を使わなくとも良い程度にはレンズ技術も発展しました」

「それは凄い、良い後輩が居て俺も嬉しいよ。 一緒に研究していた時期が懐かしいな」


 私の報告を聞いた先輩は、長い髪のせいで表情はよく分からなかったけれど、楽しげな声色と雰囲気や仕草で心から喜んでいる事はすぐに分かった。

 先輩は昔から態度が表に出やすい人で、表情だけでなく声色や雰囲気、身体の動きといった形にまで出る人だ。

 昔は私と一緒に血晶の研究、特にレンズ技術に関して一緒に研究していた人だから、自分のやっていた研究が順調に進んで役立っているというのは嬉しいみたい。


「――となると、だ。 お前のベルトに取り付けられたその器具、それもレンズ技術の賜物か?」


 先輩は腰につけたベルトのバックルとして取り付けられた器具を指差した。 その器具は周囲の闇の霧を跳ね除けて光を放っている。

 魔法光を放つ人工太陽を封入し、レンズの力で光を増幅する事で光を食らう闇の霧を払う事ができる強い光を生み出すことに成功した。

 この器具の発明によって人類はダンジョン内へ安全に入り込む事を可能とし、ダンジョン内部で発見された様々な資源からさらなる発展が齎されている。

 そうした資源を手に入れるべくダンジョンへ潜る人々は、いつかは浮かび上がってくるという意味も込めて"潜行者(ダイバー)"と呼ばれており、この器具も"ダイバーギア"と呼ばれるようになった。


「ダイバーギアか。 今は人類も凄いものを作れるようになったんだな」


 先輩は私の説明をとても楽しそうに聞き、話が終わると拍手をしながらそんなことを呟く。

 ダイバーギアの開発には私も関わっていたので、その賞賛の言葉に私は安堵する。

 少しだけ不安ではあったのだ、今の先輩がもしも――彼らと同じあの言葉を掛けるのではないかと、だが次に開かれた先輩の口から出た言葉は彼らと同じだった。


「でもそんなものでいいのか? 旧来の方法とは言うが、血晶の輸血により俺達は変われるんだぞ?」


 ――先輩の口から、その言葉を聞くのだけは嫌だった。

 先輩は私と同じ血晶の研究者の一人であったが、同時に最初期のダンジョン攻略者の一人でもある。

 彼らは人智を超えた怪物であるモンスター達と戦い続けるべく、モンスターの体内から採れた血晶を液状化させ、輸血といった形で体内に取り込んだ。

 レンズ技術の生まれてなかった当時、モンスターの力を取り込むことでモンスターと互角以上の力を得た彼らを中心としてダンジョン攻略は進行していった。

 間違いなく、彼らは今という時代を作った英雄だ。 ――あの事件が起きるまでは、彼らは英雄だった。


「今の俺を見てみろ、人体を蝕む闇の霧の中で苦しむ事もなく、あの恐ろしいモンスター以上の力を得ている。 これが人類が歩むべき道であり、俺達は一足先に優れた種へと進化したんだ!」


 ある時を境に血晶を取り入れたダンジョン攻略者達の行方不明事件が多発し始める。

 行方不明者の多くは、より強いモンスターへと対抗するべく、倒したモンスターから得た血晶の多くを輸血に回していた人物だ。

 後に彼らはダンジョン内に潜ったまま、より多くのモンスターを狩るべくダンジョン内に籠もり続けていた事が判明した。

 だが発見された時、彼らは自らがモンスターの力を取り込んだ優れた種であるという思想に取り憑かれ、人類すらも狩りの対象としてみなしていたのだ。

 ダンジョン攻略の要である英雄から一転、ダンジョン攻略最大の脅威であると同時にモンスター以上の脅威となった彼らは"閉ざすもの(シャッター)"と呼ばれるようになった。


「俺と同じように、より優れた種になってくれないか? 人類をそれほどに発展させたお前がいれば、俺達はさらに優れたところへ進める」

「先輩、ふざけないでください。 あなた達は優れた種でもなんでもない、ただ帰る場所を忘れただけのモンスターでしかありません」


 私の言葉に先輩が固まる――理解できないといった困惑と、拒否されたことへの怒りが見て取れた。

 彼らシャッターはモンスターの一種、それが人類の出した結論だ。 ダンジョン攻略を支えた功績はある――その身を犠牲に今に続くレンズ技術の礎ともなった、英雄と言ってもいい存在でもある。

 だが彼らは人であることを忘れた、自分たちこそが進化した優れた種だと思いあがった。 もう既に人類ではない、醜悪なモンスターの一種でしかないのだ。


「あなたは先輩だったけど、今は違います。 ただのモンスターの一種でありシャッターの"ツチグモ"、それが我々人類のつけたあなたの名前です」


 先輩だった男――ツチグモの顔が曇る。 楽しい時間を邪魔されたような不快感を露わにし、私を虫けらでも見るかのように睨みつけて来た。

 そして懐からドス黒い液体――液状化させた血晶――が込められた試験管を取り出し、左腕に取り付けられた輸血器具に取り付けた。


「――お前が仲間にならないのはとても残念だよ、劣等種の人間のまま死ぬつもりか? 理解に苦しむな――"活性"」


 その言葉と共に血晶が体内へと取り込まれ、ツチグモの身体が泡立ちながら人間とは似ても似つかない醜悪な姿へと変わっていく。

 長く伸びたボサボサの茶髪は身体にまとわりつきながら刺々しい体毛のように変わり、先程まで楽しそうな表情を浮かべていた青い瞳は、血のように紅い複眼へと変貌した。

 口に白い牙が並び全身を茶色い体毛に覆われた紅い眼のモンスターが、不気味な笑い声を上げながら姿を現す。


 シャッター達の体内に蓄積された血晶は、体内にモンスターの血晶を取り込む事で活性化し、その身をモンスターのものへと変える。

 モンスターと化した姿が蜘蛛に似たものになることから、私の前にいるこのシャッターはツチグモと呼称されていた。


「人の道を踏み外したあなたを、今日ここで人として終わらせます――」

『グラスホッパー』


 ベルトに吊るしてあったレンズのスイッチを押すと、暗闇でも識別できるように名称が音読される。

 それと同時に音楽のような形で出力された詠唱が自動で始まり、レンズの内側に紋様が刻まれていく。


「"変身"」


 ベルトのバックルのように取り付けられているダイバーギアにレンズを装填する。

 ダイバーギア内部の人工太陽が一際強く輝き、レンズに刻まれた紋様――バッタの姿をしたモンスターを抽象化した紋様が浮かび上がった。

 それと同時に私の全身を光が包み、全身に纏ったダイバースーツ――闇に耐える為の肌着――と武具にモンスターの力が流れ込み、その形が徐々に変わっていく。

 武具とダイバースーツがバッタを模した形状に変わった頃、周囲は昼間のような強い光に包まれた。

 光の生物である人類が、闇の生物であるモンスターの中でも強い個体に対抗すべく、ダイバーギアの性能を最大限引き出す変身では、周囲をレンズで増幅された光で包み込む事ができる。


「お前の心臓は、きっと俺をより優れたものにしてくれるだろう」

「これ以上、あなたに怪物としての道は歩ませない。 人としての終わりを受け入れて」


 私達の戦いが始まる。 過去に決着をつける戦いが――。


--------------------------------------------------------------------------------


 長い戦いの末、初めに地に伏したのはバッタの姿をした光――ダイバーだった。

 クモの姿をした闇――ツチグモが一瞬の隙に突き立てた牙が、強力な麻痺毒を流し込み身体の自由を奪ったのだ。


 彼らシャッターの優れた種であるという考えは全くの見当違いという訳でもなく、仮にも過去の英雄が人を越えたばかりか人智を超えた怪物――モンスターすらも上回る力を持つ。

 ダイバーは確かに彼らに代わりダンジョン攻略の要となった存在であった。 だがシャッターとは戦闘経験や身に溶かされた力、戦いに対する考えの全てが違う。

 ダンジョン攻略最大の障害――シャッター。 その名に偽りはなく彼らはその身を怪物と化してなお英雄に相応しい何かを秘めている。


「どうした? もう終わりか?」


 ツチグモが地に伏したダイバーの頭を踏みつけた。 身に纏った防具が怪力に押されて悲鳴を上げるように軋む。

 バッタのような形に変質した鎧は、有機的性質を獲得しながらも金属質であり、弱い力が加わればたわんで衝撃を吸収するが、加わった力が強すぎれば軋みながら歪む性質を持っていた。

 余りにも強い力が加わって防具――兜が音を響かせながら亀裂が走り、顔面の片側が崩れ落ちていく。 露出した兜の内側からはウェーブの掛かった黒髪と黒い目が覗いた。


「俺はお前を気に入っているんだぞ? 俺とここまで戦えるものを作り出した偉大な研究者であり発明者だと思っている」


 兜の一部が砕けたのを見てツチグモは足を退け、頭を掴んで無理やり起こした。

 レンズとダイバーギアによる補助が及ばないダイバーの片目からは、光の届かない遠くにダンジョンの闇が見える。


「お前のその目は闇を見ることは出来ない。 俺の目は光の中だけでなく闇の奥までよく見えるぞ? 俺がただのモンスター? 光の中で生きられないあんな下等生物と一緒とは人類も見る目がない」


 事実、ツチグモの複眼はダイバーギアが発する昼間のような光の中でも物を見ることが出来ながらも、ダンジョンの奥の闇を見通していた。

 闇の生物であるモンスターは地上の光の中ではその力を大きく失っていく。 だが元々が光の生物であるシャッターは、光の中でも闇の中でも生きることができた。


「俺はお前を出来の良い妹のようにも思っていた、俺の手助けをしながら楽しそうに研究成果を報告してくる。 とても可愛らしい妹だったよ」


 ツチグモの放ったその言葉を聞き、ダイバーの指先がほんの少しだけ動いた。

 自分は妹、慕っていた先輩からの評価がそうであったことを知り、露出した口元が自嘲気味に笑う。


「だがそれも終わりだ。 今ここでお前は死に、その心臓が俺をより優れた存在へと進化させる」


 頭を掴んでいた手が離され再び地に伏すダイバー、ツチグモは屈み込みながら右手を振り上げた。

 その手が振り下ろされた時、ダイバーの身体は裂かれ心臓を抉り出されるのだろう。


「私の想いを知らなかったか、忘れてしまったのか。 ――後者であって欲しいですね」


 自らのものでない声にツチグモの動きが止まった。 次の瞬間、麻痺して動けない筈のダイバーが飛び起き、ツチグモの右腕を蹴り折る。

 ツチグモは紅い複眼を持った醜悪な顔に驚愕の表情を浮かべた――何故だ? 麻痺毒により動けない筈だ。

 そして、飛び起きたダイバーの身体から地面に転がった透明な筒――試験管の存在に気付き、理解する。


魔法薬(ポーション)か!」


 ダイバーはその答えに対して何も言わず、軽く屈み込むと一気に大跳躍を行った。

 五階建ての屋根程――およそ15m程の高さがあるダンジョンの天井まで一瞬で跳び上がり、空中で半回転しながらダンジョンの床へ"着地"する。


『"必殺"』


 着地と同時にダイバーの手によりダイバーギアのリミッターが一時解除され、強力な一撃である"必殺技"を打ち込む準備が始まった。

 リミッター解除による反動を押さえ込む為にダイバーギアは対抗術式を構築し始める。 リミッター解除からの一撃はダイバーとダイバーギアの両方に致命的な衝撃が及ぶことも予想されるからだ。


「――ハイパー、キック」


 その宣言と共にダイバーの姿がブレ、必殺技が放たれた。

 感覚が常人を遥かに上回るツチグモの目にも留まらぬ速さで天井から"跳躍"したダイバーは、空中で再び半回転した後にある一点目掛けて跳んで行く。

 狙う場所はただ一点、モンスターの急所でもある血晶のある位置――胸部中央目掛けて脚を伸ばし飛び蹴りを仕掛けた。


「―――!」


 ツチグモが反応する間もなく、胸部に蹴りが突き刺さる。

 ダイバーギアとレンズにより発現した魔法による蹴りは、モンスターの怪力をも上回る衝撃を持って衝突し、ただ一点に集中した衝撃が背中へと抜けた。

 後方にあった地面に細い穴が空き、ツチグモの胸部は一点だけがくり抜かれ、モンスターと化した時に生まれた血晶が粉々に砕け散る。


「ぁ――あ――?」


 理解が追いつく前にダイバーが一回転しながら地面に着地。 そしてツチグモの身体が赤黒い灰となって崩れ落ち始める様を、ただ悲しそうな眼で見ていた。

 身体が灰と化していく事よりも、自分が技を受けたことよりも先に、割れた仮面から覗く悲しそうな眼を見てツチグモは全てを悟る。


「――やっぱお前は、凄い女だ」


 その言葉を放つと共に全身が灰と化し、その場に崩れ落ちた。

 後には灰と化した怪物と、一人の女性のみが残る。


 ――後に、彼女は最初のダイバーであると共に最初のシャッター撃破者として名を馳せる事となるが、それはまた別の物語だ。

ダンジョンファンタジーと仮面ヒーローが混ざってこの作品が生まれました。

スタートラインは「倒したモンスターを武具といった形にしてパワーアップではなく身体に注入する」だったのに何故かこうなる。

しっかりと書けた作品ではあるけど、上手くなりたい(切実)

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[良い点] かっこよかった 特撮のお約束を抑えつつ麻痺解除がポーションだったりする辺りが面白かった
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