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九八段 それだけ凄まじい影響力があるってことなんだろうか


「……こ、ここは……」


 俺は暗い森林の中に立っていた。


 ……間違いない。ここは百一階層から百十階層まである深い森林ステージのいずれかの階層だ。なるほど、目の前が暗くなった上にやつの姿が見えなくなったのは、ここに転移したからなのか……。


 これってつまり、ラユルが《無作為転移》を使って成功させたってことだよな。たった一回で奇跡的に成功するはずもないし、おそらく俺がピンチだと思ってずっと詠唱していたんだろう。


 メモリーフォンで現在の位置情報を確認してみると、百十階層とあった。いきなり最終ステージまで飛んだというわけだ。それだけあって、以前よりもずっと暗い鬱蒼とした森が周囲に広がっているように感じられた。


 それにしても、ラユルとはパーティーが違うのに俺まで飛ばされるなんてな……。それだけ凄まじい影響力があるってことなんだろうか。《無作為転移》はSランクのスキルであり、しかも熟練度は最大値の10なわけで、そこにラユルの超威力な魔力も加わった結果なんだろう。


 ……っと、こうしちゃいられない。どんな恐ろしいモンスターが出てくるかもわからないんだ。その前にスキル構成を弄らないといけない。


《イリーガルスペル》《微小転移》《集中力向上》《マインドキャスト》《念視》という110%のスキル構成にしてすぐさま《念視》で周りをざっと見渡したが、モンスターの姿は見られなかった。


 ……待てよ。俺が飛ばされたってことは、髭面の殺し屋もってことだよな……。あのとき勝ちを確信したのかルファスたちも近くに来てたみたいだし、まさかあの場にいたやつら全員飛ばされたのか? だとしたらまずいな……。


 マップ欄を確認するも、フレンド登録者のマークは表示されていなかった。仮にこの階層にいたとしても近くにいなければ表示されないんだ。ここまで来ればマップも馬鹿みたいに広いだろうし見つけるのは至難の業だろうな……。メモリーフォンでは距離がありすぎるとメッセージを送っても届かないようになってるし、自力で見つけるしかなさそうだ。


 ん? 今、なんか呻き声みたいなのが聞こえたような……。《念視》で確認してみたが、モンスターじゃない。あれは……人だ。ま、まさか……。恐る恐る歩み寄ってみると、木陰で少女が震えながらうずくまっているのがわかった。


 ……そこにいたのは、紛れもなくエルジェだった……。






 ◆◆◆






「あわわ……成功しちゃいましたあぁぁ……」


 ラユルが煉獄の杖を震わせる。《無作為転移》を唱えた張本人である彼女も、まさか成功するとは思っていなかった。


 師匠のシギルが劣勢だったということもあり必死に唱えてはいたが、互角の戦いになったあとも唱え続けていたのは、あまりにも成功率が低いがために再び劣勢になって詠唱するようでは間に合わないという気持ちがあったからだ。


「うぅ……」


 不気味な暗い森にではなく、独りぼっちである事実にラユルは泣きそうになるも、我慢してメモリーフォンで現在位置を確認することにした。


「ひゃ、百十階層ぉ……?」


 驚いて倒れそうになるラユル。来たことのある場所だとは思ったが、まさかそこの最深階層だとは夢にも思わなかった。


「ほうほう、随分遠くまで来たもんだなあ?」

「……ですねぇ。……えっ……?」


 あまりにも自然に穏やかに話しかけられたため、普通に反応してしまったラユルだったが、まもなく声の主が誰なのかわかって仰天した。


「……こ、殺し屋さん……!」


 振り返ると髭面の殺し屋が眠そうな顔で胡坐をかいていた。


「どうも。覚えててくれたみたいだなあ」

「そりゃそうですよ……。なんせ師匠の相手ですからっ……」

「ん? おめーさん、おいらが怖くねえのか?」

「なんでですか?」

「……全然怖くねえみたいだな。こりゃ参った……」


 苦笑しながら頭を掻く男。ラユルのこうした人懐っこさは天性のものだった。


「あの、ごめんなさい」

「へ?」

「戦いに水を差してしまって……。師匠が負けると思ったら、怖くなってテレポートしちゃったんですよう……」

「……なるほど、それでお前さんに水を差されちまったってわけかあ。やられたなぁ……」

「はい。ごめんなさい!」

「……心配しなくても、やつは強かったぜ。レイドはそれ以上だったが、シギルってやつも相当だった……」

「そうなんですね、私が早とちりしてました!」

「……いい弟子を持ったもんだなあ。ついでにテレポートをお願いできないか?」

「あ、あの、冷却時間クールタイムというものがあってですね、できないんです!」

「そっか……。んじゃ、おいらはそろそろ行くぜえ。んじゃな」


 男が立ち上がってラユルに背中を向ける。


「え、一人で行くんですか!?」


「怖いだろ。おいらはお前さんの師匠を解体したこともある殺し屋だぞ?」

「平気ですよ! 師匠はまだ生きてますし、レイドさんも優しかったですし!」

「……ぶひゃひゃっ!」


 男はしばらく呆然とラユルを見やったあと大いに笑った。


「な、なんかおかしなこと言いましたかぁ? 私……」

「ひひ……ん、んじゃ一緒に行くかい。おいらにしてもそのほうが助かるしなあ」

「はいっ。あなたを死なせたら師匠に怒られますから!」

「――がひゃひゃ!」


 またしても殺し屋は一呼吸置いて盛大に笑うのだった。

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