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九六段 取らぬ狸の皮算用にならないように


「よーし、あいつらのところに行ってやろうぜ」


 ルファスがアイスソードの青い切っ先をシギルの仲間たちに向けながら目配せする。


「そうね、勝負は見えてきたんだし……」

「……うん……って、やばい。僕もう興奮してきちゃった……」

「ちょ、ヤダ。ビレントのバカ……」


 股間を押さえるビレントからエルジェが赤い顔で遠ざかる。


「……エルジェ、傷つくって……。男だからね、僕も一応……」

「開き直っちゃって、ヤダヤダー。これだから男ってやつは……」

「まあいいじゃん、エルジェ。ビレントの息子は働き者なんだよ。シギルやグリフのご子息みたいな役立たずよりは遥かにマシだと思うぜ。なあ、グリフ?」

「え、えっと……えっと……」

「ああ?」


 しどろもどろになるグリフを睨むルファス。


「は、はいであります……」

「なんだよ、お前。ノリ悪いぞ。ほら、いつものように敬礼のポーズで元気よく言えよ。自分の息子は役立たずです、使い物になりませんって。3秒以内に言えなかったら全裸でやらせるからな」

「じ、自分の息子は役立たずであります! 使い物になりません!」

「「「あはは!」」」


 ルファス、エルジェ、ビレントの三人は涙ぐむグリフを指差しながら大いに笑った。






 ◆◆◆






「し、師匠がピンチですうぅ……!」


 ラユルは涙目になって右往左往していた。師匠のシギルが窮地に立たされているのが伝わってきたからだ。


「ラユルちゃん、師匠って言うけどさ、レイドっていう殺し屋が中に入って戦ってるんじゃなかったっけ?」

「うむ。私もそう聞いているが……」

「私もですよ。これは一体どういうことなのですか……」


 アシェリ、リリム、ティアの三人がラユルに詰め寄る。


「わ、私にもわからないんですよぉ……。どうして途中からレイドさんじゃなくなったのか。でも、あそこで戦ってるのは間違いなく師匠なんです。わかるんですっ……」


 ラユルはずっと側でシギルの戦い方を見てきたからわかるのだ。あの動きはレイドのものではなく、師匠であり恋人でもあるシギルのものだと……。


「どうしてかしらねえ、メシュヘルちゃん」

『……ウーン、オデモワカンネッ……オッ、ゴシュジン、ダレカクル、コッチクルッ』

「……あ……」


 蠅型のホムンクルス、メシュヘルがブンブンと大きく左旋回して主人のアローネに異変を知らせる。それは髭面の殺し屋の仲間たちがこっちに近寄ってくることを教えるものだった。


「――よー、俺はルファスっていうんだ。覚悟はできてるか、お前ら」


 ラユルたちを前に、剣を肩に担いだルファスが得意げに笑ってみせた。


「そーいや自己紹介がまだだったわねえ。あたしの名はエルジェ。ねえねえ、あんたたちの希望の星が負けそうだけど、どんな気分? ん?」


 続いてエルジェが耳に手をやりながらおどけてみせる。


「どもどもー。初めまして、僕はビレント。早速提案するけど、怖いなら逃げてもいいよ? もちろん笑い者になっちゃうけどねえ。ほら、グリフも自己紹介っ」


 ビレントが穏やかに笑いつつグリフの脇腹を杖で突く。


「……あ。えっと、自分はグリフと申す者であります! 逃げるなら、今のうちであります。ににっ、逃げるならば……」


 極度のストレスと緊張により、グリフの目は最早焦点が合っていなかった。


「私はラユルです。初めまして。師匠のシギルさんの弟子であり、恋人です。でも、勝負はまだついてないですよ。喜ぶのはまだ早いかもです!」


 ラユルが煉獄の杖の先をルファスたちに向けてビシッと言い放つも、シーンと静まり返ったあとで爆笑されて顔を赤くする羽目になった。


「な、なんで笑うんですかぁ……!」

「……あー、腹いてー。よじれる。どんだけ笑わせるつもりだよ。こんなガキみたいなやつが弟子で恋人って、あいつキチガイかよ……」

「ほんっと……。笑い殺させる気? 変質者の考えることってさっぱりわかんないわ……」

「ヒー……僕もそろそろ笑い死にそう……。でもシギル先輩、ちょっと羨ましいなー。ま、僕が貰っちゃうんだけどねえ」


 笑い声を挟みつつも苦しそうに話すルファス、エルジェ、ビレントの三人。一様に仏頂面のラユルたちとは対照的だった。


「……と、とにかく、師匠は絶対負けませんから!」


 ラユルはシギルの劣勢に不安を覚えつつも、ここまでバカにされている状況ではそう主張するしかなかった。


「あたしはアシェリ。まったく。あんたら決着もついてないのに調子に乗るんじゃないよ!」

「うむ。私はリリム。勝負はまだわからない……」

「そうですよ。せっかちすぎですね。あ、私はティアと申します。正直あなたたちには名乗りたくもないですけど」


 アシェリたちが苛立ちつつ自己紹介しながら冷静に返すも、ルファスたちから嘲笑が途絶えることはなかった。


「私はアローネよ。ここにいるのはホムのメシュヘルちゃん。あなたたち余裕綽々みたいだけど、いつまでそんな態度を取れるかしら?」

『ソダソダッ』


 そんな中、アローネだけは違っていた。微笑みを交えつつ話すと、ルファスたちはいつしか真顔に戻っていた。


「お前、なんで笑ってんだよ。気でも狂ったのか?」

「お前……? 今アローネって自己紹介したわよね。物覚えが悪いのかしら、ルファスさん」

「て、てめえ……覚えとけよ。決着がついたら真っ先に殺してやるからな……」

「あらあら。楽しみにしておくわね。でも、取らぬ狸の皮算用にならないように。落胆の度合いが激しいから期待はしても計算はするなって、シギルさんもそう言ってたなぁ」

「……口の減らないやつだ。おいエルジェ、何か言ってやれよ」

「……やだ。あたしこいつ苦手……」

「……僕も」

「じ、自分も……」

「グリフ、お前にはなんにも期待してねえって」

「「あはは!」」


 身内同士の笑いに逃げるルファスたち。口喧嘩でアローネの右に出る者は誰一人いなかったのである。

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