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九三段 網の中で小魚が漁師を前に暴れてるようなもんだ


「……」


 レイドは何も言い返さない。だが、髭面の男は《ステップ》しながら構わず喋り続けた。


「……やはりそうだ。ここまで読めない動きができるのは、レイドしか考えられない。こんな動きがあの転移術士にできるはずもないのだ……」


 複雑な心境だが、やつの言う通りだった。色んな意味で人を読む力に長けているということなんだろう。


「……だが、レイドは死んだはず。一体何故……」


 思考をぶつけてくる殺し屋。その意図はなんだ? 無駄なものばかりに見えて一切無駄がないのがこの男だから、その言葉にしてもこっちの腹の中を探る意味合いがありそうだ。


「……まさか、この男に《憑依》したとでも言うのか?」


 こいつ、そこまで読めるのか……。冒険者の間で圧倒的にマイナーなジョブである転移術士、それも固有スキルの名前まで当てるなんて……。


「そうだと言ったら?」


 ……レイドが自分から白状してしまった。おそらく、隠しても無駄だと思ったんだろうが、開き直ったってことはそれなりに意味がありそうだ。


「……おお、やはり……。転移術士にそのようなスキルがあったとはなあ。まるであの男のスキルのようだ……」

「……今なんて?」

「……ふっふっふ。いいことを教えてやろう。実は、おいらなんだよ……」


 これだけ優しく微笑まれると、逆に恐怖すら感じるものだ。それくらい、髭面の殺し屋は穏やかに笑った。


「お前さんの父親を殺ったのはよお……」


 ……な、なんだと……?


「……知ってる」

「……おー、知ってたかあ。さすがはレイド……」

「義足の殺し屋にやられたって、知り合いが言ってたから」

「……そうかそうか。バレバレだったなあ。あのとき虫に見られていたような気はしていたんだ、おいらも……」


 本当に信じられない……。この淡々とした会話の内容もそうなんだが、二人は言葉でやり取りしながらも壮絶な駆け引きを持続していた。それどころかクオリティが上がっているとさえ感じたのも、レイドが積極的な攻撃に移行しようとしているのが見て取れたからだ。フェイクと予測を交えた髭面の男の巧みで軽やかな移動ステップも、あたかも俯瞰しているかのような《微小転移》の詰め方によって凌駕されていた。一体どこに目があるんだっていうような動き方なんだ、レイドは……。だから死角に入られても彼女は一切慌てないし、大局的に追い詰めるような動き方をしつつ、その中で小さく複雑に変化していた。大雑把に説明するとそんな感じなんだ。これじゃ見えない大きな網の中で小魚が漁師を前に暴れてるようなもんだ。実際、やつは徐々に後退していた。いずれは赤線の外に出てしまうが、決闘である以上それは許されないはず……。


「美しい娘がいるとは聞いていたが、まさかこれほどとは……」

「……知らないくせに」


 見てもいないのにわかるのかと、俺もレイドに同意しかけたが、確かに実際美しいんじゃないかと思ってしまう。これは男の性なんだろうか……。


「わかるさあ。こんなに強い。それに加えて女。それだけで充分なのだ……」

「……変態」

「……はっはっは。最高の誉め言葉だ。しかし、少し意外だなあ」

「……何?」

「殺し屋にしては、自分の体を大事にしすぎているねえ……。確かに噂通りの強さだが、いささか慎重すぎる気もするのだ……」

「……」

「因果だなあ。男として、負けた気分だ……」


 何を言っているんだ、さっきからこの男は……。


「レイドはこの転移術士を好きでいるんだろう……」

「うるさい」

「……憎いなあ。憎いよ。あんなに玩具にしたのに、飽き足らないくらいに……」

「そろそろ終わりにするね」

「……お、おおぉ!」


 明らかにレイドは変わった。ただ罠を仕掛けたり距離を詰めたりするだけの動きから実際に攻撃も交え始めたのだ。それがまた見事で、俺はしばらく放心してしまうほどだった。剣士としての経験があるんじゃないかと思えるくらい巧みな動き方をしている。彼女が使う《微小転移》《浮遊》《ミラー》すべてが違和感なく連動していると感じた。普段呼吸するのを意識することがないように、攻撃動作もまた極自然にやっていてつなぎ目がまったくないのだ。


「……す、素晴らしい……。なんて強さだ……。だが、それでこそ殺し甲斐があるというもの……」


 それまで防戦一方だった相手も変化していた。クオリティが格段に上がっている。死を意識し始めたことで逆に動きがよくなったとしか思えない……。とにかく突っ込んでくる。死を恐れるどころか望んでいるかのように、体ごと。大胆かつ繊細とはまさにこのことだ……。


 二人の間で繰り広げられる対人戦の極致を見て、自分はまだまだだと感じる。それでも、徐々にレイドが押しているということだけはわかった。センスが違いすぎるのだ。


「……んう……。目に見える死とはなんという鮮やかさなのだ……。レイドよ、お礼として最後にいいことを教えてやろう……」


 やつが恍惚の表情で舌なめずりをする。神に死を乞うかのように。


「お前さんの父親をおいらが何故殺したのか……」

「……」


 そういえば理由が不明だったな。殺し屋が殺されるのは当たり前みたいに思っていたせいか意識しなかったが……。


「とんでもなく大事なものを盗んだからさあ……」


 ……とんでもなく大事なもの……?


「……」

「お、どうしたってんだあ? レイドよ、動きが悪くなってるぞ……」

『……シギル兄さん、ごめん……』

『リセス……?』

『意識が……もうなくなりそう……』

『……な、なんだって……?』


 おいおい……一応この事態は想定していたとはいえ、最悪の状況になってしまった……。

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