九十段 やつは人間の皮を被ったボスモンスターなんだ
「師匠ぉ……」
ラユルのやつ、俺に向かって真剣な顔で何かを言おうとするも言葉が出ないのか口ごもっていた。ここまで来れば俺の弟子なんだから何を言わずとも伝わる。だからラユルの頭をそっと撫でて安心させてやった。アシェリたちなんて、一言も発せないほど緊張するような空気だからな。
『リセス……信じてるぞ』
『うん』
『お前だけでも勝てると思うが、俺の執念も転移してやるからな』
『上手いこと言ったね』
『……ああ。頭が妙に冴えてるからかな』
体のどこもかしこも敏感になっているような気がする。脳天から足の指先まで焼けるような、ちりちりする感覚なんだ。名前もわからない髭面の殺し屋から伝わってくるのは、ほんの少しでも間違えば殺られるという綱渡りするような重圧だった。やつは人間の皮を被ったボスモンスターなんだと実感させられる。とはいえ、それは相手にとっても同じことで、俺は百一階層を攻略した手強い敵として映っているはずなんだ。リセスも言っていた。緊張しないやつなんていないと。あの有名な殺し屋がそうなんだから、相手もそうに違いないだろう。
「さて、やり合う前にルールの確認だ。全員赤線の中に入ったら30秒後にお前さんとおいらでおっぱじめようと思うがそれでいいかい?」
「わかった」
「赤線の中に入ったら合図として全員で右手を上げるんだ。お互いに上げ終わったらカウントダウン開始ってわけよ」
「ああ、それでいこう」
「んじゃ、そういうことで。おいらたちは右から入らせてもらうよ」
髭面の殺し屋が赤線に沿ってエルジェたちとともに俺たちから離れていく。ビーチステージの最下層というだけあって、赤線に囲まれた空間はかなり広い。既に右側のライン付近まで行ったあいつらが小さく見えるくらいだ。ここなら思う存分戦えるだろう。
『入れ替わるぞ』
『うん』
赤線の中に入り、レイドがメモリーフォンから瞑想の杖とナイフを取り出すと、《浮遊》《ミラー》《微小転移》《集中力向上》《マインドキャスト》という110%の構成にした。なるほど、左手に瞑想の杖、右手にナイフか、考えたな。しかも刀身に猛毒を塗って本気モードだ……。人間の子供サイズのカニ型モンスターがすぐ側で発生したこともあり、軽く試し切りしていたが掠っただけですぐに倒せた。恐るべき猛毒の力……。
『リセス……いや、レイド、準備オッケーか?』
『オッケーだよ』
「よし、みんな赤線の中に入るんだ」
「「「「「はい!」」」」」
案の定、ラユルが転倒して笑いが起こる。今のでみんな緊張も少し解れたみたいだし怪我の功名ってやつだ。
「えへへ……」
「ほら、ラユルちゃん、ママが起こしてあげるわ」
「あ、ありがとうでしゅ……」
ラユル、すっかりアローネの娘になっちゃってるな……。
「《サモン・ホムンクルス》!」
『……ウイッス……』
お、赤蠅が出てきて早くも喋り始めた。
「メシュヘルちゃん、本当に喋れるのね。嬉しいわ……」
『オ、オデモ、ウレシイッ……』
メシュヘルが照れるようにもじもじしながら言ったので俺もみんなと一緒に笑ってしまった。いい感じだ。緊張からか少し体が硬くなってるような気がしてたんだが、笑ったことで大分解れてきた感じがするし、これで何があってもいつも通りに戦える。
◆◆◆
「おいおい、あの連中笑ってやがるぜ。舐めてんのか雑魚どもが……!」
苛立ちのあまりルファスが砂浜を蹴り上げる。
「コホッ、コホッ……ルファス、気持ちはわかるけど砂が巻き上がっちゃうからやめてよ……」
「そうだよ……ケホッ、ウグェ……口の中に入っちゃった……」
「ごふっ、ごふっ……」
彼の近くにいたエルジェ、ビレント、グリフが苦しそうに咳き込んでいた。
「悪かったな。仕方ねえだろ……。あそこまで調子こかれたらよ……」
「ハッタリでしょ。こっちがあまりにも余裕あるからって対抗してきてるんじゃない?」
「僕もそう思う……。それだけ向こうが脅威を感じてる証拠だよ」
「じ、自分もそう思うのであります……」
「はあ……」
仲間にいくら宥められてもルファスの憤りは収まる気配がなかった。
「わかってんだけどよ、それでも苛つくだろ。雑魚は雑魚らしく素直に怯えてりゃいいのに、ああやって虚勢張られるのが一番むかつくんだよな。……なあ、エルジェ、ビレント。クエスがあのカスをシギったら、あとの始末は俺に任せてくれよ。怒りが収まらねえし全員とことんシギってやりてえ……」
「えー、あの糞生意気な錬金術士はあたしがシギってもいいでしょ?」
「じゃあ、あいつはお前に任せる」
「やりぃ!」
「……じゃあ僕、あの小さい子がいいな!」
「ビレント、小さい子ってどれ? 二人いるけど……」
「もちろん、あのピンク髪の子!」
「なんであの子をシギりたいわけ?」
「いや、シギっちゃう前にさ、一発くらいやりたいなーって……」
「……もー、やだやだ。どうせシギるんだし好きにすれば? ねえ、ルファス」
「へっ。あんなガキのどこがいいのか知らねえけどよ、終わったらすぐシギるからな。あと、見えないところでやれよ」
「うん、もちろんっ……。グリフもどう?」
「じっ、自分は遠慮しておくのであります……」
「「「あははっ!」」」
グリフが怯えたように言うのでルファスたちは腹を抱えて笑った。
「ようし、こんなもんでいいかなあ……。おいらは準備オッケーだ」
少し離れた場所にいた殺し屋クエスがメモリーフォンをポケットに収納し、首をコキコキと鳴らした。
「こっちはとっくに準備出来てる」
「あたしも」
「僕もー」
「自分も……」
「よしよし。んじゃ、相手さんよりお先に手を上げるとしようかあ……」
クエスが溜まった唾を吐き出し、にんまりと笑った。




