八九段 この気持ちだけは昔からずっと変わらない
「……あ」
午前十時を知らせる鐘の音が鳴り響く中、ダンジョンに向かう通路に差し掛かったところで足が止まる。よく考えたら、パーティーは5人までしか登録できないんだった。これじゃアシェリだけ六十階層に行けなくなってしまう。
「師匠ぉ?」
ラユルを筆頭にみんな不思議そうに振り返っている。
「ちょっと待ってくれ。このままじゃみんなで行けないからな」
というわけで、まず【シギルとレイド】のメンバーを全員追放した。
「アシェリ、パーティー結成してみんなを入れておいてくれ」
「あいよお……!」
白い歯を見せるアシェリだったが、まだ眠そうで欠伸を噛み殺している。若干不安はあるとはいえ、彼女はリーダー経験が豊富だからな。
「――よおしっ、できたよ。みんな入って!」
【スターライト】という、アシェリたちが以前組んでいたパーティーを再結成する形になった。これでリーダー権限を一時的にほかの誰かに移せばみんな揃って六十階層に行けるというわけだ。一応パーティー同士で同盟を組んでおく。これでお互いにより安全になるからな。
準備が出来たので、全員で転送ボードに乗り込んだ。
「みんな、行ってらっしゃい。頑張ってね!」
「ニィー」
笑顔のセリスと黒猫ミミルに見送られるいつもの光景……なはずだったが、視界が歪んだ直後、彼女がうずくまるのを見てなんとも言えない心境になった。きっと俺たちに心配させまいと泣くのを我慢してたんだろうな。あんな小さい体で頑張ったんだからこっちも負けてられない。必ず勝利して仲間とともに帰還するつもりだ。この気持ちだけは昔からずっと変わらないものだから不思議だ。
ただ、相手も自分のことを相当に研究したに違いないし楽な展開にはならないだろう。それでもこっちにはレイドがいるし万が一の場合に備えて拳闘士のことも色々調べてある。もちろん、これは本当に念のためだ。そんなことにはならないように祈るだけ。
本来なら冒険者のボーナスステージであるビーチ。そこにこんな強い思いを持って移動するパーティーなんて俺たちくらいなのかもしれないな……。
◆◆◆
「わあぁ……師匠ぉ、海です、砂浜ですっ……」
「ひゃー、いいね、いいねえ……」
「うむ……鎧を着ているのが馬鹿らしくなりそうだ」
「なんともトロピカルワンダフルです……」
「いいわねー。気持ちが緩んじゃいそう……」
みんなの弾んだ声に同調してしまう。目の前に広がる青い海、生温かい潮風、輝く砂浜、冒険者たちの歓声……ビーチに存在するあらゆるものがこれでもかと楽しさを主張してきたからな。
『リセスもか?』
『……シギル兄さん、今はそれどころじゃないでしょ』
『あ、ああ』
リセスは早くも戦闘モードみたいだな。安心した。
お……やつらの姿を探そうと思って周りを見渡したところ、すぐに見つかった。転送部屋のすぐ横で座ってやがった。やはりみんな例の殺し屋を筆頭に悠然と構えてるな。その中で不自然さを感じるのはグリフくらいだ。ろくに寝られてないのか目の下に隈が出来てしまっている。あいつはともかく、ルファス、エルジェ、ビレントが得意げな笑みを浮かべてるのが気に入らない。俺に勝つ秘策があると思ってるのか、はたまた俺がレイドじゃないから大丈夫だと思ってるのか……。
俺たちが近寄っても、その態度はなんら変わることはなかった。立ち上がったのは髭面の殺し屋くらいで、あとは座ったまま俺たちを軽く見上げる感じだった。ビレントのやつなんて欠伸までしやがってるし。本当に、随分余裕があるな……。これも苛立たせるための作戦かもしれないし、こっちもなるべく平静でいよう。
「よく来たな、シギルさん」
「ああ」
髭面の殺し屋が穏やかな笑みで迎えてきた。そこにいる小物感漂うやつらと違って一切挑発してこないところが不気味だ。褒めたくはないがとにかく自然体なんだよな……。
「遅かったじゃない」
棘のある高い声が耳を突く。エルジェだ。
「そんなに遅かったか? 5分程度の遅刻だが……」
「正確には7分だよー、シギル先輩っ」
ビレントのやつ、相変わらずいちいち細かい。
「遅刻とはいい度胸じゃねえか、シギル」
「ああ、悪かったな、ルファス。急いだつもりだったんだが、色々あってな」
「遅れてきて申し訳ありません、だろ?」
「ああ、遅れてきて、申し訳ありません」
深々と頭を下げてやる。
「全裸になって許してくださいって言ってみろ」
「ん? ルファス、よく聞こえなかった。もう一回頼む」
「お前耳が聞こえないとか年寄りかよ。全裸になって許しを乞えって言ってんだよ、シギル」
「全裸になって謝りたいって?」
「……おい、もう一回言ってみろ。ただじゃすまさんぞ……」
ここで凄い形相になって睨みつけてくるルファスは相変わらず怒りの沸点が低い。
「ルファス、よしなさいよ。シギルさんが怖がっちゃうわよ」
エルジェがルファスを宥めたあとで強い笑みを向けてくる。
「あたし、遅刻どころか正直来ないかもって思ってた。それか、来たけど怖気づいて帰っちゃったのかなーって」
「プッ……」
エルジェの挑発でビレントが噴き出す。ルファスはまだ怒りが収まらないのか、口元では笑いつつもこっちを睨みつけてるが。
「貴様ら……」
「はいはい、私に任せて」
リリムが苛立って前に出かけたものの、アローネが制して代わりにやつらの近くまで歩み寄った。この子は俺たちの中じゃ一番口が強いから頼もしい。
「あらあら。私たちからしてみたら、それだけ入念に準備してきたから遅れたのであって。あなたたちのほうこそ、ビーチでのんびり構えちゃって大丈夫? ちょっと現実逃避しちゃってたんじゃない?」
「……は、はあ? 何よあんた、ふざけないでよ」
「だーかーらー、それはこっちの台詞だよねー。少しの遅刻くらいでガタガタ言ってもしょうがないでしょ」
「……」
エルジェがたまらずといった様子で立ち上がったものの、目に見えて気圧されてる。さすがアローネ……。
「そこのお嬢ちゃんの言う通りだ。遅刻なんて気にしないでとっとと始めようか」
エルジェたちとは対照的に髭面の殺し屋が愉快そうに笑う。
「ああ、寛大な心で行こう」
俺たちは笑いながらお互いにうなずき合った。




