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八八段 とうとう決戦の朝がやってきた


「……」


 とうとう決戦の朝がやってきた。起きてすぐ枕元の時計を確認すると、午前八時を少し回ったところでちょうどよかった。寝る前は興奮で眠れるのかと心配もしたが、意外にもぐっすり寝られて今は清々しい気持ちだ。


『……おはよう、シギル兄さん』

『ああ、おはよう、リセス……』


 おもむろに上体を起こして見渡すと、簡易ベッドも空きが目立ち始めていた。ここに泊まっていた冒険者たちの一部も既にダンジョンへ向けて準備を始めたところだろう。中には知り合いでもないのに顔を覚えてしまったやつもいる。きっと相手もそうだろうな。俺は昨日でダンジョンの最高到達者レジェンドになったわけだし、余計に。


『いよいよ今日で決まるね』

『ああ。いよいよだな……』


 ここまで、長いようで短かった。修行していた日々と違って一瞬くらいの速さで時間が過ぎたように思える。それだけみんなと過ごした日々が楽しかったってことなんだろう。あと、俺に嫌なことへの耐性がつきまくったっていうのもあるだろうな。むしろそれが喜びにすら感じることもあったし……。俺、よく考えたら自覚がなかっただけであの変な回復術士やティアに負けず劣らずのマゾかもしれない。


『私ね、また変な夢見ちゃった』

『……どんな夢?』

『あのね、《憑依》を覚える前の自分の体なのに、心の中で私の体を返してって言われる夢』

『……え?』

『変でしょ。でもね、実際にときどきあったんだ。この体、本当に自分の体なのかなって違和感を覚えるときが……』

『……』


 確かにおかしい。その時点で彼女は《憑依》を使えなかったわけだし……。


『昔のことだからよく思い出せないけど、私自分と会話してることがたまにあった気がする。二重人格だったのかな……』

『……うーん……』


 リセスが実際に二重人格だったと仮定すると、自分が孤児院育ちの現実を忘れたいがために、無意識的に家族がいるお姫様の自分を作り出していた……とか?


 でもなあ、彼女は見栄を張るタイプには見えないんだよな。孤児院で育ったことも、有名な殺し屋であることも、義理の父親に対する率直な思いもみんな俺に正直に話してくれたわけだし……。レイドという別の顔があるとはいえ、人格がそこまで変わるってわけでもないしなあ……。


『違うと思うよ。リセスはリセスだ』

『……うん。じゃあ、変な夢だったってことにしとくね』

『ああ。それがいいよ。考えてもわかりそうにないことならさ。よし、飯にするか』

『うん』


 正直今は緊張と興奮からか空腹をあまり感じないんだが、決戦前に栄養をたっぷり摂ってしっかり動ける体にしておかないとな。






 ◆◆◆






「みんな、おはよう」


 いつもより30分早い午前九時半を待ち合わせの時間にしていたため心配したものの、杞憂に終わった。朝食後に向かった溜まり場にはアシェリの姿もちゃんとあったからだ。今日仮に寝坊が原因で遅刻していたとしても、少しくらいなら寛大な心で許してやったけどな。みんな俺に命を預ける意思を示してくれたわけだし。


「師匠ぉ、おはようございます! いよいよですね!」

「ああ、ラユル、そうだな」

「えへへ……あうぅ……」


 迎えに来たラユルの頭を軽く撫でてやるも、あまりにも気持ちよさそうで癪だから最後にチョップをお見舞いしてやった。


「シギルお兄ちゃん、リセスお姉ちゃん、おはよう! 絶対に無事に帰ってきてね!」

「ウニャー」

「ああ、セリス。俺たちは帰ってくるよ。約束する」

「うん!」


 欠伸する黒猫ミミルを抱えてやってきたセリスも、この短い期間で随分成長したような気がする。いつもと違う空気だから色々察しているんだろう。


「シギルさん、おはよう! 今日はさすがに遅れなかったよ! あははっ!」

「シギルどの、おはよう。……というかアシェリどの……それが当たり前なのだからそんなに得意げに笑わなくとも……」

「リリム、あたしにしてみたらかなり頑張ったほうなんだよ!」

「アシェリどの、そこは頑張るのではなく自然にできるようになるべきかと……」

「シギル様、おはようございます。この二人のやり取りは見苦しいのでもうスルーでよろしいですよ」

「「おチビちゃん……」」

「き、効くっ。その屈辱的なあだ名効きますっ……」


 ティア、必死に嫌がる仕草をしてるがもう嬉しさを隠しきれてないな……。


「それ、私にも効きましたよう……」

「私もー……!」


 ラユルとセリスの飛び入り参加で笑い声も上がって大賑わいだ。大体いつもの光景だから安心した。


「おはよう、シギルさん。今日はあなたの勇姿を陰から見届けさせてもらうわね」

「ああ、アローネ。ちゃんとあのハエ……いやメシュヘルちゃんにも見せてやってくれよ」

「ええ、もちろんよ」

「そういや、そのメシュヘルちゃんが言葉を話せるようになってたんだが、知ってた?」

「……え、ええっ!?」


 アローネが目を丸くしている。


「ありゃ、知らなかったのか?」

「本当に……?」

「あ、ああ。カタコトで喋ったよ」

「わーいわーい! メシュヘルちゃんが喋ったあぁー!」

「……」


 何度も飛び跳ねて喜ぶアローネ。俺を含めて、それまで和気藹々だったみんなが唖然とするほどの変わりようだった……。

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