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八六段 殺し屋レイドが認めているだけある


 まさか向こうからやってくるとは……。まったく予想できなかった事態に精神を揺さぶられかけたが、すぐ持ち直すことができた。今までの苦労に比べれば大したことはない。


転移術士テレポーターのシギルさん、久々だねえー……」


 髭面の男は、あたかも長年来の友人と久しく会うかのように穏やかに微笑みつつフランクに話しかけてきた。かつて俺から両腕、両足、両目、それに味覚、聴覚、声帯を奪ったやつが取る言動ではない。ふざけるなと怒号を上げて睨みつけたいところだが、ここで怒るようではダメだ。何事も最初が肝心。ファーストコンタクトで舐められたら終わりだからだ。


 相手もそう思っているのか、殺し屋を初めとしてみんな悠然と構えている。見下ろしている感じすらあって不気味だが、ここで押されているようではダメだ。


『シギル兄さんなら大丈夫だから』

『ああ、ありがとう、リセス……』


 そうだ。俺はこのために修行してきたんだ。この程度で自分を失うはずもない。


「おう、久々だな。よくここがわかったな?」


 俺は笑みすら浮かべつつ言ってのけた。声が上擦ったり震えたりするんじゃないかと心配したが、まったくそんなことはなかった。どうやら俺が思ってる以上に自分は色んなことを経験して強くなっていたらしい。信じられないくらいに平静に言えた。


「おー、以前とは見違えたねえ。さすがは最高到達者レジェンドさんだ。お前さんはみんなの噂になってるくらいだから、居場所を探すのは容易かったよ」

「そうかそうか、それはよかった……」


 それでも、この男からはバシバシとプレッシャーを感じる。目力以上に、何かオーラのようなものを纏っているように感じた。なるほど、あの有名な殺し屋レイドが認めているだけある……。


「ねえねえ、シギルさん、あたしのこと覚えてる?」


 誰かと思ったらエルジェだ。俺をパーティーから追い出すことを計画したふざけた女……っといかんいかん、冷静さを欠けば相手の思うつぼだ。


「ああ、覚えてるよ。エルジェ、久しぶりだな。元気にしてたか?」

「してたわよ? シギルさんのほうこそ、元気にしてた?」

「ああ、してたよ」


 白々しい質問も軽くかわしてやると、不快そうな成分がやつの不自然に曲がった口元から滲み出てきた。よし、俺が一歩リードだ。


「随分余裕あるじゃない? さすがは最高到達者ねって言いたいところだけど、女子トイレが溜まり場だなんてね」

「それがどうかしたのか?」

「落ちるところまで落ちたシギルさんらしいなあって。お似合いだなーって思っただけよ」

「……」


 エルジェの言葉で笑い声が上がる。これも俺を挑発するための演出だろうか。


「ちょっと待ったぁ! トイレをバカにする人はトイレに泣きますよ!」


 ラユルがやつらを指差して猛抗議している。


「よせって、ラユル、ここで感情的になっても相手を喜ばせるだけだ」

「は、はい、師匠ぉ……」

「私に任せて」

「アローネ?」


 アローネが腰に手を置いてずかずかと前に進み出ていった。


「そこの魔道術士ウィザードさん、そんなどうでもいいところを突っ込むことでしか優位を保てないの? 揚げ足取りは弱者がやることよ。可哀想ね」

「……か、可哀想? はっ……このあたしが!?」


 エルジェの笑顔が明らかに引き攣っている。さすがアローネだ。


「さすがは悪ケミ。毒を以て毒を制す、だ」

「あらあら。失礼な戦士さんね」

「これでも認めてやってるつもりだ」

「はいはい」

「り、リリムがアローネを褒めるなんて、珍しいこともあるもんだねっ。ねえ、ティア」

「アシェリがいない間に親交を深め合ったんですよ」

「へぇー……」


 今のところこっちが優勢のようだな。あいつらは髭面の殺し屋を除いて、どこか余裕がない感じなのだ。特に一番後ろにいるグリフなんて途中から真顔になっちゃってる。あいつのことだからルファスにどんなときでも笑うように命令されて仕方なくそうしてたんだろう。こっちの和に押されて向こうの連帯感がなくなってきているようだ。


「偉くなったなあ、おい。シギル……」


 ルファスが威圧するように前に出てきた。前衛らしく強引に不利な状況を打破してやろうってわけか。


「ルファス、ダメだよ。あんまり脅かしちゃうとシギル先輩が漏らしちゃうよ……。トイレなだけに……」


 ビレントの台詞でやつらからまたしても笑い声が上がる。あいつ、相変わらず底意地の悪さだけはピカイチだな。


「ああ、ビレント。お前の言う通り、怖くて漏らしちゃいそうだよ。溜まり場がトイレでよかったなあ……」


 あえてそれに乗っかってやったのに、やつらから笑みが消えてしまった。なんでだ? 髭面の殺し屋だけは周りに流されずに終始穏やかな顔を浮かべていたが。


「まだまだ元仲間同士、話したいことはあるだろうけどさ、おいら眠くてしょうがないから、言いたいことだけ言って引き上げさせてもらうよ」

「なんだ?」

「明日の午前十時、六十階層で決闘を申し込む。おいらとお前さんの一騎打ちってわけさあ」

「……いいだろう」

「お、さすがは最高到達者。呑み込みが早い。んじゃ、そういうわけで……」

「ちょっと待ってくれ」

「んん?」

「全員の命を賭けよう。俺が死んだら、仲間を攻撃してもいい。あんたが死ねば、俺がそいつらを攻撃する」

「……おいらは別にかまわないけど、抵抗はしてもいいんだろう?」

「もちろんだ。逃げるのはダメだが……」

「こいつ、調子に乗りやがって……」


 俺の言葉が逆鱗に触れたのかルファスが今にも掴みかかってきそうだ。こいつならやりかねないな。別に怖くないが。


「お兄ちゃん、うるさいしだいっきらい!」

「な、なんだこのガキ……」


 ルファスがセリスに軽くあしらわれてアシェリたちから笑い声が上がる。


「ルファス、もう行きましょう……。幼女に庇ってもらってよかったわねー、変質者のシギルさん」

「ああ、また明日な」


 俺の微笑みを背中じゃなく真正面から受けてくれたのは髭面の殺し屋のみだった……。

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