八三段 とっととケリをつけてやる
「いやー、みんなごめんごめん。あたし夢の中でダンジョンに向かってたよ……」
溜まり場の女子トイレでアシェリが謝罪するが、まったく悪びれてない様子だった。それどころか、これであたしもスターの仲間入りだねと自慢の白い歯を見せつけてくる始末。
「アシェリどのには本当に失望した……」
「リリムに同感です。シギル様、アシェリを追放処分にしたらどうですかねぇ?」
「だから、悪かったってー……」
これも彼女らしさといえばそうなんだが、きっちり言っておかないとな。
「アシェリ、今度遅れたら完全な補欠要員になってもらうからな」
「あ、うん。わかったよ、シギルさん……ふ、ふわあ……うひっ……」
「……」
言ったそばから欠伸をして気まずそうに笑うアシェリ。みんな呆れた目で見てるぞ。本当にわかってんのかな……。
「し、師匠ぉ、なんか見られちゃってますうぅ」
「あ……」
ラユルに言われてから入口のほうに目をやると、野次馬たちが顔だけを覗かせているのがわかった。あとをつけられちゃったか……。ただここまで入ってこないところを見ると、アローネが俺のことを殺し屋って言ったのが効いてるのかもな。
「シギルさん、私に任せて。追い払うから」
「あ、ああ。アローネ、頼む」
「――コラアアアアアッ!」
「「「「「ひいぃぃ!」」」」」
「……」
アローネが野次馬どもを一喝し、追い払ってくれた。溜まり場の警備員は威圧感のある彼女にぴったりだな。
さて、これからどうしようか……。もうさすがに【ディバインクロス】のやつらにはバレちゃってるように思う。一応、セリスに様子を見に行ってもらってるが、どうなるか……。
もし全員ダンジョンにいれば大丈夫だが、夕刻だからその可能性は低いように思うし、仮にいたとして、帰ってきたらリプレイを見るかもしれない。さらにあの髭面の殺し屋もいるからな。やつはダンジョン攻略が主な目的じゃないだろうし、ホール内にいる可能性が高そうだ。それならアナウンスを聞いている確率は高いように思える。
そう考えるとやたらと不安になってくる。もしやつらに警戒され捲ってダンジョンから離れられたら、今までの努力が水の泡になっちゃうんだよな……。
『シギル兄さん』
『あ、リセス……もう知られちゃってるよな、元の仲間には……』
『……多分ね。でも心配はいらないと思う』
『……どうしてそう言い切れるんだ?』
『少なくとも、あの髭面の殺し屋はシギル兄さんを殺すことを諦めないはずだから』
『でも、あいつだけじゃ……』
『仲間も来ると思うよ。私の存在自体認識できないはずだし、パーティー名はこけおどしだって思うはず』
『……でも、百一階層を攻略したんだ。そんな相手に対して舐めてかかってくるかな?』
『舐めないだろうけど、それでもダンジョンに二度と近寄らないって思うほど恐れることもないはずだよ。それにリプレイも見たけど、手の内はほとんど見せてないでしょ』
『……あ、そういえばそうだな』
《微小転移》でで移動しつつ、ナイフでボスを切り裂いただけだからな。警戒はされるだろうが、逃げられるほどじゃないか。だとすればまだやつらを殺せるチャンスは充分にある気がする。っていうかそう思わないとやってられない。
『リセス、話したいことがあったんだよな?』
『……覚えてたんだ』
『当たり前だろ』
『……ただの告白だよ。……私、シギル兄さんのことが誰よりも好き……。言っちゃった……』
『……な、何を言いだすんだ、いきなり……』
『……言えなくなっちゃう前に言おうと思って』
『……リセス?』
『時々、意識が途絶えそうになるときがあって……』
『ど、どうすれば治るんだ?』
『《憑依》で他人の体に頼らず、自分の本当の体に帰ることができたら、かな』
『……』
何も言えなかった。彼女は自分のことだからその方法しかないんだとよくわかるんだろう。でも、彼女の本当の体はもう……。
『でも、この戦いが終わるまでは持つと思うから』
『なんとかできないのか……』
『……ありがとう。気持ちだけ受け取っておくね』
『リセス、声に力がないが大丈夫か?』
『ごめん。眠いから寝るよ』
『ああ、無理だけはしないでくれ……』
『うん、おやすみ』
『おやすみ……』
なんとかできないものなのか、なんとか……。この戦いが終わったら解決方法を模索しないといけないな。そのためにもとっととケリをつけてやる。一刻も早く髭面の殺し屋と【ディバインクロス】の面々をあの世に送り出してやらねば……。
◆◆◆
「……おい、グリフ。お前気でも触れたのか?」
「《ヒール》! グリフ、変な夢でも見てたんじゃないかな。寝ぼけちゃってるのかもよ」
「そ、そうよ。ビレントの言う通り、夢に決まってるわ。あいつが生きてるわけないし、それも百一階層を攻略しただなんて……いくらなんでも非現実的すぎるでしょ……」
すっかり暗くなったビーチの一角は不穏な空気に包まれていた。ルファス、ビレント、エルジェの三人はグリフの言うことをまだ信じてはいなかったが、それでも彼があまりにもしつこいために不気味さを感じ始めていたのだ。
「じ、自分は嘘は言ってないのであります……。本当に……! 夢じゃないのであります。現実なのであります……! ホールに……ホールに行ってみたらわかるのでありまあああぁっす!」
血眼のグリフがありったけの声で叫ぶ。
「……く、クソッタレが! 嘘だったらグリフ、絶対ぶっ殺してやるからな!」
ルファスが砂浜を大きく蹴り上げ、転送部屋へと走っていく。
「……ゴ、ゴホッ。る、ルファス、待って!」
「ケホッ、ケホッ……んもう! ルファス待ちなさいよ!」
「……うぐっ……」
グリフは地面に両膝を落とすとうずくまり、砂浜に青い顔を擦りつけてガタガタと震えた。
「……ふ、復讐に決まっている……。シギルが同じ姿で生まれ変わって復讐しに来たに違いないのである……。ころっ、殺されるのでありますうぅ……みんな殺されるのでありますううううぅぅ……イヒッ……」




