八二段 いつか天辺までいけるといいな
「……あいつら、死ねばいいのにな」
赤い海に面した砂浜で寝そべりながらルファスが呟く。その視線の先には、夕陽を浴びて水着姿ではしゃぐ冒険者たちの姿があった。
ここはダンジョンの六十階層であり、ビーチのステージとしては最深階層であって一番広く、どこも冒険者でごった返していた。一番狭い五一階層でさえ、目を瞑って歩けばすぐ人に当たるほど人気のステージなため、場所取りなどで喧嘩が発生することは珍しくないのだが、ここで殺し合いが起きることは滅多にないといってよかった。
というのも、砂浜から海にかけてはほぼセーフティゾーンなため、武器を取り出すこともそれで殺し合うこともできないからだ。
唯一戦えるのは転送部屋の後ろ側に用意されたウォーニングゾーンであり、周囲には赤線が引かれている。ここではモンスターが自然発生するもののノンアクティブな上に弱いため、決闘には向いている場所だった。
「ホント、どこから湧いてくるんだってくらいうじゃうじゃいるよね」
ビレントがしみじみと同調する。
「うんうん。どこもうるさいし最悪よねー。……ねね、ルファス、あそこで決闘申しこんじゃえば?」
「エルジェがやれよ。俺はもう名前知られちゃってるからな。喧嘩を買えるやつなんてまずいねえだろ」
「あたしだってそうだよ? 歩いてたらよくスカウトされちゃうもん。あなた、有名なエルジェさんですよね? って……。体目的かもしれないけど。ふふっ……」
前屈みになったエルジェがルファスに向かって目配せする。
「……貧相な体つきのくせによく言うぜ」
「もー、ルファスのバカー、ちょっと見る目がないんじゃないのぉ?」
「はいはい。……よし、んじゃビレントが戦ってみるか?」
「……えっ。う、うーん。僕じゃ勝負がつかなそうだよ。それよりグリフがいいんじゃない?」
「……止めとけ。あいつヘタレだから《ホーリーガード》ばっかりでそれこそ勝負がつかねえよ」
「「あはは!」」
「そういや、グリフのやつおせえな。何やってんだろ」
「おーい! みんなああぁ!」
「おっ、やっと来やがったか……」
言ったそばからグリフがやってきた。ここで重装備に身を包んでいるのは彼くらいだからとにかく目立つのだ。もっとも、そのほうが面白いからとルファスがそのままでいるように命令したからだが。
「――はぁ、はぁぁ……」
「おせえぞ、グリフ」
「すっごい汗、急いできたのね」
「おつかれグリフ!」
「……はぁ、はぁ。き、聞い……ぜぇ、ぜぇ……」
まともに喋れないほど息が上がっているグリフの様子に大きな笑い声が上がる。
「遅れちゃって、俺たちに怒られると思って急いで走ってきたんだろ? 大丈夫だって。罰としてあとでまた買いに行かせるけどな。もちろん自腹で」
ルファスの言葉は、グリフの弱り顔も相俟ってまたしても哄笑を誘発した。
「おい、ビレント、そろそろヒールしてやれ」
「あ、うん。《ヒール》!」
「……はぁ、はぁ。聞いてほしいのであります……」
「弁解なんていらねえよ。それより早くアイテム欄出せって」
「そ、それどころじゃないのであります……」
「……ああ?」
ルファスの片方の眉がピクリと動く。
「ちょ、ちょっとグリフ、早くメモリーフォン出しなさいよ……」
「そうだよ、グリフ。ルファスを怒らせたら大変だって……」
「ほ……本当に、それどころじゃ……」
「お前っ……誰に向かってものを言ってやがるんだ!」
見る見る顔を赤くしたルファスがグリフに詰め寄る。
「シ、シギルが生きているのを見たのであります……!」
「……へっ?」
ルファスはきょとんとした顔をしたあと、同じような表情のエルジェやビレントと顔を見合わせて爆笑した。周りの冒険者があっけにとられるほど、それはしばらく続いた。
「……あー、腹イテー……。シギルって……。あいつが生きてるわけねえだろ……」
「……ヒヒッ。ヒー……。グリフ、僕をこれ以上笑わせないで……」
「ウププッ……。そーよ。笑いすぎておかしくなっちゃうでしょ。仮にあいつがあんな酷い状態で生きてたとしても、ここまで来られるわけないじゃない。夢でも見たんじゃないの?」
ルファスたちにとって最早シギルという言葉自体、侮蔑の対象でしかなかった。彼らの中では日常的に無様に死ぬことや残酷に殺すことをシギるといって茶化していたほどだ。
「グリフ、お前あんまり笑わせるなよ。しまいにゃシギっちまうぞ……」
「ブフッ、ルファス、僕のお腹がシギれそう……」
「もー、笑いすぎてシギるから勘弁してよぉ……」
「ほ、本当なんだ……」
もうグリフの言葉さえ届かないほど、その場は笑いの坩堝と化してしまっていた。
「――あー、もうさすがに笑い疲れたぜ……。シギルの言ってたことを思い出したよ」
「え、ルファス。あいつどんなこと言ってたの? 僕がいたとき?」
「あたしはいた?」
「いや、溜まり場で俺と二人きりのときさ、あいつなんて言ったと思う?」
「「何々?」」
「いつか天辺までいけるといいなって。確かに行けたな、天国まで」
「「ブハハッ!」」
「……聞いてほしいのであります……」
どんなにグリフに話しかけられても、ルファスたちの笑い声が止むことはしばらくなかった……。




