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八一段 転移術士がこうも脚光を浴びる日が来るとはな


「イテッ……ぼけっとすんな、気をつけろウスノロ!」

「も、申し訳ないであります!」


 ぶつかってしまった冒険者に対し、深々と頭を下げて謝罪するグリフ。


「……はぁ」


 いつものように仲間に買い物に行かされた彼は、ホール内一階を窮屈そうに歩きながら改めて思う。溜息を零しながら、こんなはずじゃなかったと。彼にとって今の自分の姿は、ずっと理想としてきた仲間たちに頼られているリーダー像とはかけ離れていたからだ。お人好しであることをいいことに舐められ、いいように利用されているピエロだとしか思えなかった。


「……」


 巨大掲示板の近くを通ると、その周辺を溜まり場にしていた頃の思い出が彼の頭の中に次々と浮かんできた。エルジェやシギルと過ごした楽しい日々……。あの頃はみんな弱くて貧乏で不便なことも多かったが、今よりずっと充実していたように思えた。思い出はいつも綺麗に映るというのはわかっているが、そのことを踏まえたとしても今が酷すぎて当時との差に落胆してしまうのだ。


「……し、シギル、許してくれ……」


 頭の中にシギルのおぞましい姿と憎悪の顔が浮かび上がり、グリフは立ち止まると首を横に振り、天を仰いだ。そして幾度も心の中で念じる。本当はあんなことはしたくなかった。でも、みんなに同調しなければ自分がシギルのようになっていたかもしれなかった、と……。いつの間にかじゅっくりと濡れていた掌を見つめながら、グリフは仕方なかったんだと、何度も自分に言い聞かせていた。


『只今、パーティー【シギルとレイド】が最新階層の百一階層を突破しました! おめでとうございます!』

「……なっ……?」


 その場に居合わせた冒険者たちからどよめきが上がる中、グリフは何かの聞き間違いかと思った。


「……い、今シギルって……? まさかな……」

『それではパーティー【シギルとレイド】のリプレイ映像をご覧ください!』

「……あ、あ、あ……」


 グリフの顔が見る見る青ざめていく。巨大掲示板に映し出されたのは、巨大な青い蝶とそれを相手にする灰色のローブを纏った男……。それはまさしくかつて自分のパーティーメンバーの転移術士シギルだった。


「――ひ、ひぎいいいいいいいいぃぃっ!」


 グリフは気が付けば猛然と走っていた。何人もの冒険者を弾き倒しながら、仲間の元を目指して……。






 ◆◆◆






「……うっ……」


 通路からホールに出ると俺はすぐ異変に気付いた。周りからとにかく視線が集まってくるのを感じたのだ。


「――ここにいたぞ!」

「……」


 思わず手で顔を隠すが、それが逆にやつらの好奇心を煽ったらしくあっという間に囲まれてしまった。それもそのはずか、巨大掲示板では俺が百一階層で蝶を倒したシーンが映し出されていた。


「あんたがシギルっていうんだろ!?」

「どうやってあそこまで行ったの? 教えて!」

「補欠でいいから俺をメンバーに加えてくれ!」

「私も!」

「フレンド登録でいいのでお願いします!」

「ちょっと、押さないでよ!」


「……」


 いかん、これじゃ目立ちすぎる。しかし、転移術士がこうも脚光を浴びる日が来るとはな……。


「あのー! 師匠が通れないですから、どいてくださーい!」


 ラユルが叫ぶがダメだ。ますます野次馬が俺たちを目当てに続々と集まってきている。


「うむう、まるでスターにでもなったかのような気分だ。こうも世界が変わるとは……。この景色、アシェリどのにも見せたかった……」

「ですねえ……」


 リリムとティアはいたく感動している様子。っていうかその言い方だとまるでアシェリが故人みたいだが……。


「どきなさい!」


 凄い声がしたと思ったら、アローネだった。


「この人は有名な殺し屋でもあるのよ! 目を付けられたくなければ消えなさい!」

「「「ひっ……」」」


 おおっ……かなり効き目があったらしく、群衆の塊がバラバラになっていく……って、アローネは殺し屋レイドのことを知っていたのか。パーティー要請を出したときにそんな素振りとかなかったからてっきり知らないのかと……。そうだとわかっていても一緒に来たってことは結構な変わり者なのかもしれないな……。


「……ごめんなさい、シギルさん。ばらしちゃって」

「いや、もう知ってるやつは知ってるだろうしな……」


 あれだけアナウンスで大々的に流されたんだ。覚悟はできている。


「それより、そんなこと知っててよく俺についていこうなんて思ったな、アローネは……」

「……むしろ、より興味を持ったし頼もしく思ったけどね」

「そんなもんか……」

「ええ」

「……悪ケミめ、裏切ったら容赦せんぞ」

「はいはい、あなたもね」

「わ、私が裏切るわけないだろう! あのアシェリどのでさえ裏切らなかったのだから!」

「んー……そういう人が意外と……」

「き、貴様!」

「こらこら。二人とも、野次馬はまだいるんですから、みっともないですよー」

「師匠ぉ、あそこにアシェリさんがいますぅ……!」

「えっ……」


 見ると、野次馬の中で気まずそうに笑いながら手を振るアシェリの姿があった。あんまり反省してなさそうなのがなんとも彼女らしい……。

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