八段 今日だけは俺がお前の味方をしてやる
畜生と叫びたい衝動に駆られながら溜まり場を離れる。あそこにあれ以上留まっていたら発狂しそうだった。落ち着け……こんなところで狂えば、それこそあいつらの笑いの種になってしまう。今すぐにでも全員殺してやりたいが、まずは作戦を練る必要があるだろう。幸いにもまだあいつらがダンジョンに潜る時間帯まで少し間がある。駆け込むようにトイレに行って洗顔し、個室に閉じこもってメモリーフォンを起動した。
離脱用のAランクスキル《大転移》、成功率UPのCランクスキル《集中力向上》に加え、《トランスファー》というBランクスキルを入れた。
このスキルを使うことによって、二つの対象物の位置を逆転させることができるのだ。たとえば、死にかけた前衛とまだ元気な中衛を瞬時に入れ替えるとか、そういう使い方をする。ただそれだけなのだが、攻撃魔法ではないので使い方によってはこれほど役に立つものはない。
《テレキネシス》のような攻撃魔法に属するスキルだと、魔法耐性のある相手にはほぼ通じないんだ。回復術士のスキル《プロテクション》は物理攻撃だけでなく、攻撃魔法に対する耐性も強くすることができるから、《テレキネシス》を使うタイミングは限られてしまう。それに比べて本来ならサポートに使われるこの《トランスファー》というスキルは魔法耐性を貫通することができるのだ。
これをタイミングよく使うことさえできれば、たった一人でも決壊に追い込める自信がある。精々、今のうちに俺を笑っておけばいい。見ていろ……。
――午前十時を少し過ぎたあたりで溜まり場に戻ってみると、やつらの姿はなかった。もうダンジョンに行ったみたいだな。
「……あ」
なんか大事なことを忘れてると思ったら……あいつら、もう十一階層を攻略しちゃってるんじゃないか? それなら行先は当然十二階層になるわけで、俺はまだそこには行けないということになる。
仕方ない……。ほかのパーティーがボス討伐寸前のところで《トランスファー》を使い、俺とそいつらの誰かを入れ替えてとどめを刺すってのはどうかな。一応武器欄にさっき購入した短剣を入れてるから、タイミングがよければいけるはずだ。特に目の部分が大ダメージを与えられるということも調べておいた。背中の中央部分にあるという心臓が一番ダメージを与えられるんだが、的確に突ける自信がないし目を狙う作戦で行こう。
◆◆◆
「……え……」
十一階層の転送部屋から、俺は意外なものを目にしていた。ルファス、グリフ、エルジェ、ビレントが戦っている光景だ。あいつら、まだここを攻略してなかったのか?
……妙だな。ボスを舐めてたせいだろうか……。いや、ルファスがいるわけだし、また怒らせるとかしない限りはいけるだろう。だとしたら、ルファスが腕試しにわざと激怒状態にさせたはいいが、それで倒せずにほかのパーティーに奪われたか、あるいは五分という時間制限内に倒せなかったか。
いずれにせよ、出現させても倒せなかったパーティーはまた一日待たなきゃいけなくなるんだ。だから倒しそびれたほかのパーティーの横取りなんてのは日常的によく起こっている。昨日のパーティーもおそらく一度倒せずに、誰かが出現させるのを隠れて待っていたんだろう。
……今日は俺の番ってわけだ。ボスじゃなくてあいつらの命が目的だが、俺にも運が回ってきたな。緊張と興奮で喉がカラカラだ。
早速、メモリーフォン上の武器欄から短剣を取り出す。ただ、使い慣れてないし急所を外す可能性もあるので、短剣と同じく購入したばかりの猛毒も塗り込んでおく。
まず、やつらがボスを相手にしている状況で、ルファスに掛かった《プロテクション》が切れるタイミングを見計らい、《トランスファー》によってグリフと俺の位置を入れ替える。離れすぎて《サクリファイス》の効果がなくなったところでルファスさえ殺せばあとはなんとかなりそうだ。ボスに《テレキネシス》を掛けて激怒状態にさせてから飛び込むっていうのも考えたが、それだとこっちも危なくなりそうだから止めておいた。
スキルを使うため、転送部屋から一歩外に踏み出す。さあボスよ、早く出て来い。今日だけは俺がお前の味方をしてやる……。
「ちょっと、お前さん」
「――はっ……」
すぐ背後から低い声がして、振り返ろうとした瞬間だった。右手親指に激痛が走るとともに短剣を弾き飛ばされた。
「な、な……?」
急いで拾いに行こうとしたが、その目前で刀身を踏まれてしまう。恐る恐る見上げると、髭だらけの不気味な男が淡々とした表情で俺を見下ろしていた。肩や二の腕を剥き出しにした薄汚いレザーベストに色褪せたボロボロのズボンだけという、剣士よりも軽装なスタイルなのに武器すら持っていない。こいつ、拳闘士か……。
「お前さん、魔道術士のくせに短剣なんか持って、何しようってんだあ?」
「……か……関係ないだろ! なんなんだよ……」
「それが関係あるんだよなぁ」
「え?」
「向こうでパーティーが戦ってるの見えるよね。俺さあ、あいつらに雇われてる殺し屋なんだよ。変なのに命を狙われてるかもしれないから、見つけたら甚振って殺してくれって言われてたんでね、そんで見張ってたのよ」
「――ッ……」
《大転移》を使おうとしたが、即座に背後へと回り込まれた挙句、口を塞がれた。な、なんてスピードだ……。
「危ねえ。何をするつもりだったんだ、お前さん……。ま、急ぐこともない。死ぬ前にちょっと遊ぼうか」
「……うっ……」
やつの指に噛みつこうとした直前、側頭部を軽く突かれた。……な、なんだ……? 強烈な眠気に襲われて意識が飛ぶのがわかった。