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七六段 俺は思わず握り拳を振り上げていた


「――うっ!」


《微小転移》でバラバラにした岩蛙の破片が飛び散ってきてかなり痛みがあった。


「大丈夫? シギルさん」

「だ、大丈夫ですか、シギルどの……」

「……あ、ああ。こんなの掠り傷だ……」


 実際は死骸の欠片で頬や腕の肉を骨が見えるくらいごっそり抉られたんだが、咄嗟にほかの個所の肉を転移させることで補った。ミミクリーフロッグ自体は簡単に倒せるんだが、岩の塊みたいなもんだから処理がとにかく面倒なんだ。ロックフェイスに関しては心臓さえ奪えば消えてくれたわけだが、こいつを倒すにはバラバラにするしかなくてそれでこうして痛い目に遭うし、粉々にすると強風も相俟って視界がやられるだけでなく、呼吸もできなくなってしばらく歩くことさえ難しくなる。岩蛙は岩壁に十匹くらい重なってることも多くて、横湧きするのも含めてかなり手を焼いていた。《微小転移》の範囲がもう少し広ければと思うが贅沢か。《小転移》を入れる手もあるが、冷却時間クールタイムがあるから連続で来られると対処できないしな。特にここは湧きが激しいんだ……。


「ねえ、ここは私に任せてほしいんだけど」

「アローネが?」

「ええ。私というかメシュヘルちゃんにね」

「そんなただ大きいだけのハエに何ができるというのだ、悪ケミ……」

「ただの悪党はそこで黙って見てればいいわ」

「こ、この……!」

『――グエー!』

「はっ……」


 タイミング悪く横湧きした岩蛙がリリムに飛び掛かってきたが、あの赤い蠅が猛然と体当たりしたことで大きく弾き飛ばされ、そのまま落下していった。なるほど、こりゃいいな。《微小転移》でやつの体ごと押し出そうとしても、距離が短いからすぐ崖に張り付かれてしまって意味がないし……。


「危なかったわね」

「くっ……」

「お礼は?」

「あ、あれくらい、私一人でなんとかできた! 余計なことをするな!」

「……あっそう」


 リリム、助けてもらったのに素直じゃないな……。


「《ファイティングスピリット》!」


 むきになったのか、内側にいたリリムがアローネに対抗するかのように魂を使って崖沿いに歩き始めた。闘争心が恐怖心を上回った形みたいだ。アローネが呆れ顔で両手を広げている。そこからはもう激怒バーサク状態のリリムと赤蠅メシュヘルの競争だった。次から次へと飛び込んでくる岩蛙たちも気が付けば奈落の底へと消えようとしていた。モンスターが現れたと思ったときには既に押し返している赤蠅の感知能力とスピードにも舌を巻くが、それに負けじとやつらをどんどん遠くへ投げ飛ばすリリムの膂力には圧倒されるばかりだった。というか常に全力を出してる感じだな。でも、あのペースで体力が持つのかと心配になる。確か、リリムが使ってるあのスキルは《ラッシュアタック》ほどではないものの相当に体力を消耗すると聞いてるし……。


「――ぬう!?」


 リリムの体勢が少し崩れたと思ったら、すぐ崖の下にいた岩蛙に足を掴まれていた。


「愚か者! ……はっ……」


 踏みつけて一蹴したかと思いきや、今度は背後に岩蛙が二匹即湧きして背負い込む形になってしまった。


『《微小転移テレポート》!』


 俺がすぐにやつらを剥がしたあと、透かさずメシュヘルが体当たりで立て続けに突き飛ばすものの、そこで岩蛙が狭い道を埋め尽くすほどうじゃうじゃと溢れ出てきた。凄い数だ。どこかでほかのパーティーによって大量にまとめて倒されたのかもしれない。仕方ない。目を瞑って一気に粉砕してやる。


『『『ギョエエエエエッ!』』』


 モンスターたちの間抜けな悲鳴と猛烈な砂埃が混じり合う中でリリムの悲鳴が聞こえて焦ったが、《念視》によって彼女の体が崖のほうに投げ出されているもののまだ落下してないことがわかった。しかも腕一本で凌いでると思いきや、しゃがみこんだアローネがリリムの手を掴んでいた。


「……は、放せ!」

「……正気? 放したら死んじゃうんだけど……」

「ぐぬう……」


 リリムのやつ、アローネを睨んではいるが顔に力がないな。さすがに体力が尽きたのか自力では這い上がれないようだ。


「リリム、アローネも仲間なんだからいい加減にしてくれ」

「……」

「俺は助けないからな。アローネが手を放すってことは死ぬってことだぞ?」

「……ぬぬ、ぐぬう……」


 涙を流すリリム。ようやく折れたか……。


「シギルどの、私は構いません……」

「……え……」

「悪ケミの力を借りるくらいなら、ここで戦士の誇りとともに死にゆく覚悟です……」

「「……はあ」」


 俺はアローネと顔を見合わせてほぼ同時に溜息をついた。本当に意固地だな……。


「さあ、わかったらその手を放せ! 悪ケミ!」

「……絶対あなたを謝らせたいから、放さないわ」

「うぬう……き、貴様、何をっ!」


 赤蠅のメシュヘルが下からリリムの体を押すようにして道に乗り上がらせた。


「はい、お礼は?」

「わ、私は絶対に謝らないからな! ……ただ、お礼なら言う。ナイスだ!」

「ナイス? それお礼なの? そこはありがとうございます、だよね?」

「二度は言わん!」

「はあ……。ちょっとは仲良くしてあげようと思ったのに、ほんっとうにあなたってアホの子なのね」

「ぐぬうう、よくも……うるさい蠅女め……」

「んー?」


 まーた睨み合ってる。相変わらずな二人だが、最悪の結果にならなくてよかった……っと、視界が歪んでいく。一瞬ボスかとも思ったが、振動がなかったから違う。俺は思わず握り拳を振り上げていた。ラユルの《無作為転移》が成功したんだ。ただ、喜ぶのはまだ早い。逆行する可能性もあるわけだからな……。

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