七三段 もうその領域まで来ているということだ
勢いよく岩が転がって来たら横穴で回避し、弱かったらリリムとアシェリがぎりぎりまで耐えてティアが回復し、俺が岩の目、すなわち心臓を取り出すことで倒して休憩する。そういうことを繰り返すうち、ティアの《ヒール》の熟練度はとうとう10まで達したわけだが、そこで振動とともに魔法陣が現れた。
光の中から、人間の頭サイズの岩の手が浮いた状態で出てくる。やつこそ二五階層のボスであり、その名もグラッジハンドという。小型で闇属性、物理耐性が強固で握力が物凄く、捕まったらその箇所を切断しない限り、握り潰されるか崖から叩き落とされてしまうそうだ。ただし移動速度は遅いので無暗に接近せず中位、上位の聖属性魔法攻撃を当て続ければ苦労せずに倒せるとのこと。ロックフェイスたちの怨念で形作られた手という設定らしい。やつはやる気満々らしくて中指を立てて挑発してきた。
『シギル兄さん、やっぱり……?』
『ああ。売られた喧嘩は買わなきゃな』
ここで臆しているようでは本来の目的も絶対に果たせはしない。というわけで、同じように中指を立て返してやることで激怒状態にしてあげよう。本当にシンプルだが、やつを怒らせるにはこれだけでいいんだ。
「みんな、俺と同じようにやるんだ」
「こ、こうだね!」
「しょ、承知!」
「ファッーク……」
中指を立てることにアシェリもリリムも若干引いてたが、ティアはノリノリだった。さすがサディスト風マゾなだけある……。
『……』
やつは喋らないが、中指を真っ赤に染めてなわなと震わせてるし怒りは充分伝わってきた。
「みんな、俺に任せろ」
「「「はい!」」」
仲間に例のポーズをやらせた俺が言うのもなんだが、激怒状態のボスは基本的に一人でやりたい。そのほうが楽しめるからだ。
「アシェリ、近くの横穴まで戻って《ホーリーガード》しててくれ」
「あいよ!」
ボスだけならここでやるのもいいんだが、途中でロックフェイスに勢いよく来られたら困るからな。
アシェリたちが横穴に入ってまもなく、グラッジハンドの5本の指が一斉に離れるのがわかる。スキル構成は《微小転移》《イリーガルスペル》《念視》《集中力向上》《マインドキャスト》にした。
『《微小転移》――!』
5本の指が一斉に襲ってくるが、大したスピードでもないので難なくかわす。ただしこの指、先端が鋭く尖っていて《プロテクション》が掛かかった重装備の者ですら容易に貫通してしまうほどの威力だそうだ。おまけに指先を飛ばしつつも、残った部分が拳の形になって唸りを上げながら追いかけてくる。拳闘士のパンチより威力がありそうだ。
心臓が見当たらないので《微小転移》で5本の指と拳を同時に砕いてやったが、すぐ再生した。少し指を遠ざけてから時間差でやってみたが、アサシンスケルトンのようにはいかなかった。うーむ、どうすれば倒せるのやら……。
やつが激怒状態になった場合の特徴までは調べたものの、倒し方までは見てないんだ。ボス戦を少しでも楽しみたいから見なかった。最初の頃はボスなんて倒せればいいなんて思ってたが、もうその領域まで来ているということだ。
こいつ、俊敏さはあまりないがかなり攻撃パターンが豊富だ。波状攻撃や一斉攻撃はもちろん、攻撃してくると見せかけて止めるといったフェイクのような動きに加えて、緩い動きから急に速くなったりと緩急をつけるときもあった。かなり頭が良いボスなのがわかる。手だけで頭部は見当たらないが……って、待てよ。本当に手だけなんだろうか……?
もしかしたら本体が近くにいるのかもしれない。というわけで探すがなかなか見当たらない。俺の勘違いかと思いつつも、《念視》があったのを思い出して近くを凝視してみると、岩壁の部分に黒い顔のようなものが浮かんでいるのがわかった。よし、あれが本体っぽいな。《微小転移》で引き裂いてやる。
『ギギャアアアアッ!』
『――び、びっくりした……』
『だよな……』
リセスが驚くくらいの悲鳴がこだまして、俺も肩がびくっとなった。そんな中で懲りずに向かってきた拳を粉砕すると、もう再生する兆しもなくやがて俺は光に包まれた……。
◆◆◆
「《アストラルヒール》!」
ティアが覚えたてのスキルを何度か掛けるうち、ようやくラユルは目を覚ました。まだ熟練度が1だからこんなもんだろう。
「あふぅ……師匠ぉ、アシェリさん、リリムさん、ティアさん、私、倒れちゃってたんですね……」
「ああ。あれほど無理するなって言ったのに……」
「そうだよ。ラユルちゃん、頑張り過ぎたら胸も育たないよ! シギルさんが悲しむよ!」
「おいおい」
「へへっ……」
笑う仕草で揺れるくらいアシェリの胸が大きいのは今まで適当に生きてきたせいなんだろうか……。
「う、羨ましいですぅ……私もそれで師匠を悩殺したいです……!」
「おいおい」
「えへへ……それまでこっちですよぉ!」
俺にお尻を向けて悪戯っぽく笑うラユル。まだまだ子供だから悩殺は無理だろ……。
「私も男性を引き付ける武器が欲しくなってきた……」
「色んな意味で中途半端ですものね、リリムは」
「むうぅ……言いたくないが、胸も背も小さいティアどのよりはマシだ」
「「う……」」
リリムの発言、何気にラユルにも効いちゃってるな……。
「……私の背が低いのはですね、頑張りすぎたせいなのですよ」
「「違うと思う」」
「はいはい、言うと思いました……」
気が付くと、二六階層は夕焼けに包まれていた。そうか、外が舞台だと日も暮れちゃうんだな。これからどんどん暗くなっていくこの時間帯で崖ステージ攻略はさすがに遠慮したいところだ。
『リセス、暗くなってきたし今日はもうここまでにしとくか』
『うん、私も眠くなってきちゃった』
『……いい夢見られるといいな』
『……シギル兄さんもね』
『ああ』
最近、リセスのほうから話しかけてくることが減っているような気がする。拗ねている感じでもないし、俺の知らないところで何かが変わりつつあるような気がしてそれが妙に気懸りだった……。




