六二段 俺は殺し屋レイドにだってお仕置きできる
この階層が不人気なのは、ただ不気味なだけじゃなくてその戦いにくさも含まれているように思う。イエロースパイダーは普段、足止めやセンサーに加えて防御の役割も持つ蜘蛛の巣の奥でじっとしており、触れてアクティブになっても巣から逸脱することはないため、今までのようにモンスターをいっぱい釣ってからまとめて叩くというようなやり方は一切通用しないのだ。
「――《ホーリーガード》!」
なので、聖騎士のアシェリにわざと巣に触れてもらって、蜘蛛が襲い掛かってくるところを《念視》で確認し、背中にある心臓を取り出して倒すというパターンを繰り返していた。糸の上だとかなり素早い動きだとは聞いていたが、実際に見たら予想以上で驚いた。ちなみに、普通にバラバラにしてしまうと毒性の強い体液が周囲に飛び散って危険らしい。囮役の聖騎士を用意し、遠くから魔法や矢を放って仕留めるのが一般的な倒し方のようだ。
俺自身が囮になろうかとも思ったが、それだと味方が窮地に陥った場合が困るので止めておいた。それに、この蜘蛛は心臓を取り出してもしばらくは鋭い牙で噛みついてくるからな。
「《ブーメランアックス》――!」
その状態でリリムが斧を何度か当ててもまだ生きてたしかなりしぶとい……。
「《クイックムーブ》!《ヒール》!《プロテクション》!」
ティアが蜘蛛顔負けの動きで、みんなに支援しつつ周囲をチョロチョロしている。
「早く、早くラユルちゃん成功してくださいお願いします本当に……」
そのラユルが頑張ってるのはここから遠目でも確認できるわけだが、何か起きる気配はまだなかった。熟練度自体はマックスに近付いてると思うが、やはり《無作為転移》自体、相当に確率が低いのだろう。
あ……急に足場が揺れて、ティアが悲鳴をあげてうずくまった。いよいよ十七階層のボスのご登場だ。ラユル、間に合わなかったか……。まあ仕方ない。出たからにはとっとと倒してしまおう。
「アシェリ、俺にサクリを頼む」
「オッケー!《サクリファイス》!」
大丈夫だとは思うが、念のためだ。その間、震えながらも立ち上がったティアから支援を貰い、いよいよボスと対峙する。
「――ひ、ひぃい……」
十七階層のボス、ジャイアントスパイダー。その名の通り、恐る恐る見上げたティアが白目になって倒れるほどの大きさを誇る赤黒い蜘蛛が巣とともに出現するが、すぐに隠れるようにして糸の裏側に回り込んだ。やつはその恐ろしい見た目と反して基本ノンアクティブという珍しいボスなのだ。ちらちらと見える小さい蜘蛛は、わかり辛いがこいつの子供、すなわち取り巻きであり、攻撃すればたちまち激怒状態となる。基本的な戦い方としては、水属性で非常に素早いため、囮で誘い出しつつ子供の蜘蛛に当たらないように単体の風属性魔法か風の矢で攻撃し続けることだろう。それでも臆病で頻繁に隠れるため、魔道術士と弓道士がパーティーにいない限り、制限時間内に倒すのが難しいボスとしても知られている。
『シギル兄さん、まさかとは思うけど……』
『……リセス、よくわかったな』
『やっぱり激怒状態にするんだ……』
『ああ……厳しくないと修行じゃないからな』
『もう病気かもね』
『……確かにな。リセスの体があったらあとでお仕置きしてたのに』
『……へへ』
俺は殺し屋レイドにだってお仕置きできるんだし、激怒状態のボスなんて目じゃないはずだ。俺が死ねばみんな死ぬから責任は重いが、それだけの自信はある。
「リリム、取り巻きにブーメランを頼む」
「……えっ。ですがシギルどの、それは……」
「大丈夫だ。信じてくれ」
「りょ、了解! ――……《ブーメランアックス》!」
それでも躊躇したリリムはよくわかっている。遂に命中して蜘蛛の子が散ると、見る見る黒の成分をなくして赤く染まっていくジャイアントスパイダー。その本当の恐ろしさは激怒状態なった真の姿にこそ宿る。ただ以前より素早く、力強くなるだけでなく、頭脳が一層強化されるのがやつの特徴だ。なので激怒したからといってより攻勢一方に転じるというようなことはなく、さらに慎重に狡賢く、静かな怒りとともに冒険者を抹殺せんと企むのだ。
おもむろに近寄り、糸に触れた俺に対し、やつは迫ってこなかった。かなり警戒しているということの証だ。もう俺は動けない状態であるにもかかわらずだ。やつに踏みつけられたパーティーがみじん切り状態になり、誰の手足かもわからなくなったことから、全身凶器とも呼ばれるようになった殺傷力からすれば、さらに強化したパワーとスピードにものを言わせて突っ込んできてもおかしくないはずなのに。《念視》でやつの体内を確認できないのは、おそらく糸が邪魔をしているからだと思われる。あれには思ったよりも強い防御効果があるようだ。
「……」
それにしても、覚悟していたのに襲ってこないというのは、かなり精神的に応える。こちらとしてはいきなり来てくれたほうが楽なのだ。こうして、敵がじっと潜んだ状態でいつ襲ってくるかわからないというのは徐々に精神力を削られていくような感覚で、息苦しささえ覚えた。我慢、我慢だ……。
――来る。気が付くと朱色の足が目睫に迫っていた。




