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六段 ここを離れたくないと体が言っている


 ……今でも思い出す。


 三年ほど前、ソロに飽きた俺は拾ってくれるパーティーを募集したんだ。でも全然連絡が来なくて、もう諦めかけてた頃に声を掛けてくれたのがグリフだったっけ。がっしりしてるし穏やかだしで、頼りがいのありそうな男だと思ったな。


 次に入ってきたのがエルジェだった。最初の頃はカフェに連れて行っても、まともにこっちの目さえ見てくれないほど恥ずかしがっていた。グリフなんてもう、大人しい子は好みのタイプだからって終始浮ついてたな。俺は元気な子が好きだからちょっとがっかりしたんだけど、今考えるとエルジェはただ初対面だから緊張してただけっぽい……。


 それ以降のメンバーはなかなか集まらなくて、半年くらい三人だけでダンジョンに潜ってたんだ。その頃の狩り方が酷いもんで、みんな初心者なもんだからすぐやられそうになってポーションがぶ飲みしながら逃げ回ってた。ダンジョンの一階層とホール内の道具屋を行ったり来たり。それで金がすぐ底をついてしまって、とうとうみんなでバイトを始めちゃったんだよな。エルジェはカフェでウェイトレス、グリフは道具屋の倉庫番。んで俺はホールの外でミルク配達の仕事だった。スキル制限により街中でテレポートは使えないが、転送してくれる端末が幾つかあるのでそこまで苦じゃなかった。


 凄く忙しくて目が回りそうになるときもあったが、何故だか全然嫌じゃなかった。グリフの優柔不断さやエルジェの我儘ぶりに振り回されながらも、なんていうか……気恥ずかしいが希望みたいなものがキラキラと浮かんでて、少しずつでも、良い未来へと確実に進んでるような気がしていたんだ。


 それから一年くらいして、ようやく四階層のボスを倒し、五階層の地を踏んだ頃だ。……よく覚えている。じめじめしてて、雨がこれでもかと毎日のように降り続いていたあの頃……物理による突破力が足りないということで剣士か拳闘士モンクを募集した結果、ルファスを新しいメンバーとして迎えることになった。


 こいつが物凄く臆病で、ダンジョンでもモンスターから逃げてばかりだったもんだから、剣士じゃなくて回復術士になったほうがいいんじゃないのってエルジェに呆れながら言われて、涙目になってたくらいだ。それでも雨でずぶ濡れになりながら街の外でずっと剣を振っていて、お前なら絶対強くなれるって俺が慰めたら、照れたように笑いながらこう返されたんだ。『ありがとう、シギル先輩』って……。


 それからのルファスの成長は目覚ましいものがあって、たった一年と数カ月で大黒柱になった。《双性剣》の力で七階層のボスを倒したあたりで、ようやく待望の回復術士、ビレントがメンバーに加わった。回復術士はとにかく人気職で、パーティー間で取り合いになるほどだったから、本当に嬉しかったんだ。もうみんな大喜びで、その場でハイタッチし合ったくらいだったからな。グリフがここぞとばかりにエルジェに抱き付いたけどビンタされて、死ぬほど笑ったっけ。


 ほかにも、数えきれないくらい、本当に……思い出が沢山あるんだ。……いかんいかん、一瞬泣きそうになってしまった。もう終わったことだ。忘れろ、俺……。


 ホール一階に下りてしばらく歩くと溜まり場が見えたきた。いつもの場所だ。まだ午前十時の鐘が鳴ってないっていうのに、みんな揃ってる。


 ……もしかしたら、みんな俺を待っていてくれたんだろうか。許してくれるんだろうか……。


「おはよう」

「……おはよう、シギルさん」


 挨拶を返してくれたのは、陰鬱そうな顔をしたエルジェだけだった。グリフは気まずそうにこっちをちらっと見ただけで、ベンチに座るルファスを恐れてか何も言わなかった。あいつはだるそうに天井を見上げてて、こっちを見ようともしない。ビレントなんて、女の子の番号でも手に入れたのかメモリーフォンに夢中の様子だ。


 ……どう見ても俺を惜しんでる空気じゃないな、エルジェを除いて……。


「……あ、えっと……みんなに……えっと……あれ……?」


 別れの言葉が出てこない。ここを離れたくないと体が言っているかのように。


「う……」


 思わず目頭を押さえてしまった。クッソ、泣くものか。泣いてたまるか……。


「おい、そろそろ行くぞ。遅れを取り戻さないとな」

「あ、うん」

「りょっ、了解!」

「……え、ちょっと待ってよ! ……シギルさん……」

「い、いいんだ、見ての通りだよ。ここを離れても惜しくないくらい、嫌われちゃってるんだし……」

「で、でも……」


 俺は背を向けてしまった。泣いてるのがバレバレで辛い……。


「おい、何してんだ、エルジェ、置いてくぞ!」

「……ごめんなさい」

「……うぐ」


 エルジェの足音が遠ざかる中、涙がとめどなく溢れ出てきた。拭っても拭っても……。別れの挨拶一つ言えないなんて、俺ってこんなに弱虫だったのか……。


 ――あれ? 何か落ちてると思ったら……このおしゃれな黄色いリボン、確かエルジェの……。


 そうだ、初めて出会った頃につけてたやつだ。あれで長い髪を一本結びにしていた。


 何も言われなかったが、忘れ形見みたいなものかな。あるいはただの落としものとか。もしそうなら届けてやりたい。


 ……そうだな、この際だから、さよならの代わりに一言、今までありがとうって、エルジェだけでなくみんなに伝えにいくか。俺が嫌われていたのも、俺自身にも原因があったんだろうし、このままじゃ後味も悪いしな……。

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