五八段 色んな意味で俺は辛党だから
「リリム、ティア。聞いて驚くよ。この子ねえ、転移術士さんの奥さんなんだよ!」
「「「ええー!?」」」
アシェリの爆弾発言に悲鳴にも近い声が上がる。俺もそこに参加したから低音も入ってるが……って、呑気に傍観してる場合じゃなかった。
「いやいや、この子はただの弟子――」
「転移術士どのの奥様の名はレイドと申すのですな」
「そういえば、パーティー名にシギルとレイドってありますね。格好良いお名前とは裏腹に、可愛いお嫁さんですね……」
「……」
俺の弁明はいとも容易く掻き消されてしまった。……もう面倒だしこのままでいいか。
「この子はラユルっていうんだよ。シギルは俺の本名で、レイドは俺の別名」
「あ、そっかあ。殺し屋だから別名なんだー。ヒュー、かっくいー!」
「うむ……これは本物ですな」
「レイド様……ひー、格好良すぎて蕩けちゃいそうですね……」
「……」
悪気はないんだろうが、褒め殺しされてるような感覚だな。色んな意味で俺は辛党だから……。
「やっぱり、シギルさんはこれから誰かを殺しにいくんだろうね!」
「アシェリどの……シギルどのは殺し屋なのだからそれはそうだろう。これほど強いお方なのにこんな浅い階層にいるのだから……」
「誰を殺すんだろうねえ。シギルさんはなんか優しそうだし、殺された仲間の仇討ちとかだったりして!?」
「わー、それは燃える展開ですね……」
「……」
『リセス……。この子たち勝手に盛り上がってるけど、本当にのことを話すべきかな?』
『……んー、考えようによってはその通りなんだし、このままでもいいんじゃない』
『……それもそうだな』
俺の仲間だと思っていたやつらはもういない。効率至上主義で変わり果てたあいつらに殺されたようなもんだ。
「あたしも復讐しにいくかな!」
「アシェリどの、それはまさか、この前抜けてしまったオルファどのとシャリルどのにか」
「もちろんだよ!」
「で、でもそれはアシェリの自業自得じゃないですか……」
「……う。そりゃそうだけど、あたしが寝坊したくらいで抜けるなんて、それはもうバカヤローなんだよ!」
「……それはわかるのだが、殺すのはいささかやりすぎかと……」
「復讐っていっても、殺しちまうんじゃなくてあいつらより上の階層まで行くことだよ!」
「「「なるほど……」」」
俺まで納得してしまった。そういう復讐のやり方もあるのか……。それならラユルの《無作為転移》もあるし、いずれかなうかもしれないな。というか、ラユルが起きないとどうしようもできないわけだが、それまでどうしようか……。ボス狩りでもするかな?
「アシェリ、リリム、ティア。ラユルが起きるまで待つのもなんだし、その間このメンバーでボスを倒すっていうのはどうかな」
「お、それいいねー! やるやるう!」
「うむ、私も暴れ回りたいと思っていたところであります。シギルどのの足手まといにならぬよう頑張らねば……」
「むしろ、まず私の足手まといにならないように頑張ってくださいね、お二人とも……」
「「ティア……」」
「で、ですから、睨まれたら怖いですって……」
……このティアっていう子は、もしかしたらサディスト風に見せかけて実はマゾヒストなのかもしれない……。
◆◆◆
「では、行って参ります。《ファイティングスピリット》!」
リリムが釣りに出発する際、俗に魂と呼ばれるスキルを使用する。これは戦士が釣りをする際に必ずといっていいほど使うもので、その間動きはやや鈍くなるものの凄まじい怪力になり、攻撃力や防御力が上がるだけじゃなく痛みも緩和し、敵に捕まってもすぐに逃れられるようになるスキルだ。
これを使えば、大量のモンスターを釣っているときに仮に捕まってしまっても自力で脱出し生き延びることができるというわけだ。
――お、早くも戻ってきた……って、なんだあの量は……。
「お、きたきた……ってえ!? リリムのやつ、いくらなんでも大盛りすぎだよ!」
「うっわ……さすがに胸やけしそうなんですけど……」
骸骨の大群の前を歩くリリムの顔が青ざめている。近くを通ったほかのパーティーが一斉に仰け反るほどだ。本当に、一体何匹いるのか数えきれない。この階層のモンスター、ほぼ全部集めたんじゃないかっていう量だな、これ。こんな短時間でどうやったらそんなことができるのか……。
「――た、頼むっ、アシェリ……」
「ほ――《ホーリーガード》!」
リリムがアシェリに群れを擦りつけると、一瞬でその姿が見えなくなった。
「いくら転移術士様が頼りになるといっても、集めすぎですよ、リリムッ……!」
「……それが、私が集めたわけではないのだ。向こうでパーティーが決壊したときにいたモンスターがそのままこっちに流れて来た……」
「なるほど……」
無茶な釣り方をしていたパーティーが決壊して、こっちがその煽りを受けた形か……っと、こうしちゃいられないな。あれじゃアシェリは呼吸するのも苦しい状況だろう。
「《微小転移》!」
モンスターの塊を一瞬でバラバラにすると、まさに骸の絨毯が出来上がってなんとも不気味だった。
「――し、死ぬかと思ったよ……オエッ……」
アシェリがその場に座り込んで吐きそうになっている様子だった。腐臭を放つ屍だらけだからその気持ちはよくわかる……。リリムとティアも生きた心地がしなかったのか呆然としていた。
「シギルどのがいなかったら、どうなっていたか……」
「そ、そりゃ私たちもあそこでスケルトンの仲間になってますよ……って、ボスが出てきます……」
振動とともに近くに魔法陣が現れる。あれだけの量を倒したんだし当然だな。
「……」
いくら貯まったのか知りたくてメモリーフォンをチラ見してみたが、あんだけ倒したのにまだ245ジュエルしか貯まってなくて凹んだ。やっぱり瞑想の杖は買えそうにないな。ケチな骸骨どもだ……。




