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五十段 俺たちにとって大きな転機になるかもしれない


「では、みなさん少々お待ちを。ふふふ……」

「うん!」

「……」


 ラユルがまたしても重大発表をするらしくて、その準備をするためにと例の溜まり場――女子トイレ――の個室に閉じこもってしまった。どうせ新しいコスチュームだの装飾品だのを俺たちに見せつけるんだろう。今頃ニヤニヤしながらメモリーフォンを弄っているに違いない。あいつがオークションで落札した煉獄の杖もタイミング次第じゃここで紹介することになってたんだろうしな。


「――じゃじゃーん!」


 ラユルが個室から飛び出してきた。……あれ、いつもの格好だな。装飾品も見当たらない。


「重大発表とは、これですっ!」


 ラユルが俺とセリスにメモリーフォンを見せつけてきた。


「うー……? これ、ただのメモリーフォンだよね?」

「どう見てもそうだよな……。古いようで実は、現在最高の技術者と目される元冒険者の錬金術士アルケミストパルテナス氏が作った最新式のメモリーフォン……とか?」

「そ、そうなの、ラユルちゃん!?」

「ち、違いますよぉ! すっごく欲しいですけど、そんなの高くて買えませんっ!」

「そ、そうか……」

「なあんだ……」


 最新式はパーティーやフレンド登録者同士、等身大の映像で会話できるんだ。あと、大きなモニターを浮かび上がらせて、そこに文字や絵を描いていくらでも保存することができる。ほかにも沢山持ち物を入れられる巨大倉庫ストレージとかワンタッチでスキル構成をまったく別のものに変えてくれるシステムとか便利な機能がいっぱいついてるわけだが、今俺やラユルが持ってるのはかなりのオールドタイプで、所有物もそんなに入れられないし、会話にしてもメッセージでしかやり取りできないからな。これでも充分高いんだが、新しいのは桁が違う……。


「お二人とも、中身を見てください、中身をっ!」

「「中身……?」」


 セリスと二人でメモリーフォンを覗き込むと、そこには転移術士の取得スキル欄が表示されていた。特に変わったものは……って、これは……。見慣れないものがあると思ったら、転移系スキルの中に《無作為転移》というSランクスキルが追加されていた。


「ふふふ。お気づきになられたようですね。さすがは師匠ぉ!」

「……というかだな、わかりにくいからあらかじめスキル欄を浮かび上がらせてくれよ……」

「そ、そうですけどぉ、それだと、すぐわかっちゃいますから……」


 新しいスキル発表だったわけか。どう見てもオリジナルスキル、それも《イリーガルスペル》や《憑依》のような固有のものっぽいし、これなら確かに重大発表だな……。


「ねーねー、ラユルちゃん、《無作為転移》ってなあに?」

「そ、それがですね、セリスさん、私にもよくわからないんです……」

「シギルお兄ちゃんは?」

「……俺にもよくわからない」

「そーなんだ……」

「あうぅ。師匠でもわからないなんて意外です……」


 というかオリジナルスキル自体、誰でも覚えられる基本スキルと違ってマニュアルとかないからよくわからないんだ。しかもそれが固有スキルとなると、尚更……。効果は多分、その名の通りランダムにテレポートするんだろうけど、どれくらいの幅があって、そもそもどういう場面で使うものなのかさっぱりわからないな……。


「とりあえず、その《無作為転移》ってのを街の外で試してみようか?」

「はいです、師匠ぉ!」

「わー、楽しみー!」


 ダンジョンでやろうかとも思ったが、それじゃセリスが参加できないからな。あと、ミミルもって言いたいけど今はお昼寝中らしくてゴミ箱の上で丸くなっていた。






 ◆◆◆






「――《無作為転移テレポート》!」

「……」


 これで何度目だろう。ラユルの《無作為転移》が不発に終わったのは……。昼前で天気が良いこともあって、なるべく人目につかない森の中で新スキルの実験をしてたんだが、思わず欠伸が出てしまうほど何も起こらなかった。セリスも最初ははしゃいでいたが、木漏れ日の中でいつしか眠ってしまっていた。


「ラユル、《集中力向上》はちゃんと入れてるか?」

「はい、入れてますよぉ!」

「そうか……じゃあ続けてくれ」

「はいっ! 必ず成功させます!」


 いくら《無作為転移》の熟練度がまだ低いとはいえ、あれだけ数をこなしていてしかも最大で成功率が2倍になる《集中力向上》を入れてるなら何度か成功しててもおかしくないはずなんだがな……。本当に、何も起きない。


『シギル兄さん』

『リセス、起きてたか』

『ずっと起きてるよ』

『……そうだったのか。いつもなら話しかけてくるのにどうしたんだ?』

『色々、考え事してたから……』

『そ、そうか……』


 一体どんなことだろう。やっぱり体のことだろうか。聞きたくても聞けないのは、もしそうだった場合に実現性が限りなく低いから気まずいというのもあるんだ。嫌なやつの体を頂戴するとしても、記憶だけ除去するというのはさすがに無理だし、何より彼女が常に自分の中にいてくれるという安心感は捨てがたいものがあった。俺が甘えてるだけかもしれないが……。


『あの《無作為転移》について考えてたんだよ』

『……そ、そうだったのか』


 ……どうやら俺の考えすぎだったらしい。


『シギル兄さんはどう思う?』

『うーん。折角覚えたんだし、しばらくは使わせてみようかな。それもダンジョンで』

『私もそれがいいと思う。ここまで何も起きないのはおかしいから……』

『……リセスもそこに注目してたか』

『うん』


 これだけやっても何も起きなかったということは、もしかしたら……確率がとても低い分、《極大転移》のように大幅な移動、すなわち階層移動さえもできる可能性があるのかもしれない。それも、行ったこともない階層に……。それなら、運をここで使ってしまうのはもったいないと思えた。俺の予想が正しければ、これは俺たちにとって大きな転機になるかもしれない……。

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