四九段 もう聞いてないみたいだ
「……ふっふっふ……見たまえ。我々の完全な勝利だ……」
アムディはその目でしかと見た。自分の立てた火柱越しに、毒霧の中で転移術士がとうとう動けなくなり、ボスに捕まり食べられていく陰惨な光景を。
「ひゃっほう! ざまあみろ、雑魚底辺の転移術士めが! 俺たちに逆らうやつはみんなこうなるってんだよ!」
「ガートナーよ、やつはもう聞いてないみたいだぞ」
「それもそうか。がははっ!」
ガートナーが高々と剣を掲げながら豪快に笑う。
「なんという悲劇的結末でしょうか……。愛しい転移術士の遺体が消化されてしまうのは残念ですが、溶けていく彼に自分を重ねると興奮してしまいますね。ハー、ハー……ンッ……」
ネヘルは首に下げた十字架のネックレスに恍惚とした顔で接吻した。
「……て、転移術士……」
「……れ、レッケ……とうとう話せるようになったというのか……」
「……う、ん」
「よかった……心配したのだぞ……」
こくりとうなずくレッケに向かって、アムディは優しく微笑んだ。彼のプライドをズタズタにした転移術士の惨めな死にざまこそ最高の薬になると信じていたが、やはり正解だったとアムディは思った。
「おおおっ、レッケ、お前の帰還を待ってたぜ! ……って、そうだ、ジェリスのやつを早く助けにいかねえと……」
「おっと、そうであったな。すっかり忘れていた……」
「アムディ、そりゃいくらなんでもひでえぜ……」
「はっはっは。まあ彼女の体力ならば大丈夫だろう……」
「でもあいつ、怒ってるだろうなあ……って、アムディ!」
「……ん? どうしたのかね、ガートナー」
「ボスがいなくなってるぜ……」
「……ふむ。ただの時間制限だろう……」
「あ、そうか、そうだよな。まあ、また出せばいいか……」
「うむ……。ジェリスが合流したら、またいつも通りにやればいいのだ。ほかにパーティーがいれば排除すればよい……」
「みなさん、どうか遺体の山を築き上げてください! あと、ジェリスさんの罵倒は私が一身に引き受けますので、どうかご安心を……」
「よし。ではネヘルが一番悪いということにしておこう。なあ、レッケ」
「うん……」
「頼むぜ、ネヘルの旦那!」
「は、はい。ガートナーさん、できればそこは汚い言葉を使って頂きたかったのですが。ハー、ハー……」
「おうよ、糞ゴミ蛆虫底辺ネヘル! 全部てめーが悪いんだから一秒でも早く死ねや!」
「い、イックウゥウ!」
和やかな笑い声がパーティーを包み込んだ。早速ジェリスの元に向かうと、彼女は地面に髪が付くほど項垂れ、槍と片膝を落とした状態で座っており、周りにリザードマンの姿はなかった。
「ほら見たまえ。やはり、大丈夫そうではないか。モンスターもしっかり片づけてあるようだね」
「うぅ……」
「おいジェリス、よく頑張ったじゃねえか。ほら、俺の肩に掴まれ!」
ガートナーがジェリスを起き上がらせている。
「なんだかんだ、二人は仲がよろしいですねえ、アムディさん……」
「うむ。喧嘩するほどなんとやらだな……」
「ジェリス、喜べ。あの糞雑魚転移術士は始末してやったぜ。やつがボスに惨めに食われてるところをよ、お前にも見せてやりたかったなぁ……」
「……」
「ん、どこか痛むのか? 無理して喋らなくていいからよ。あと、レッケが元に戻ったんだ。お前も無事だったし、これで百人力よ……って、あれ、ジェリス。なんかお前、妙に軽くなってねえか?」
「ああ。随分ダイエットしたからな」
「……声まで変わって……」
ガートナーの目の前でジェリスの体が見る見る引き裂かれていく。中から出てきたのは、ボスに食われて死んだはずの転移術士だった。
「……え、あ……?」
真っ青になったガートナーの首がぼとりと地面に落ちる。
「――き、貴様っ……!」
アムディは転移術士の存在に気付いてまもなく、自分の脳みそに覆いかぶさる形になった。
「ひいいぃっ!」
ネヘルが飛び上がってレッケの背後に隠れる。
「――《ヘヴィーアロー》!」
「ぐあぁっ!」
近距離から転移術士へと咄嗟に放ったレッケの矢は、確実に命中していた。強烈な一撃を前に転移術士は何度も地面を転がり、伏せた顔から血が滲んでいく。
「さ、さすがはレッケさん、凄い!」
「……イタタ……。さすがは名射手だな……」
「……え?」
転移術士が起き上がる。その血まみれの口には矢が咥えられていた。
「今度はさすがに当たると思って、あのときみたいに軌道を変えるんじゃなくて威力を弱めてから咥えるつもりだったんだが……見通しが甘かったな。近すぎて歯茎ごと何本もやられちゃったよ……ペッ。あとで元に戻すが……」
「れ、レッケさん、何をやってるんですか、早くとどめをっ……!」
「もう死んでるぞ、そいつ……」
「……え?」
レッケは額に矢が刺さった状態で立っていたが、まもなく惰性でうつ伏せに倒れた。
「借りたものはちゃんと返さないとな……」
「……あ、あああ。転移術士様、どうか私を、私を貴方様の弟子にしてくださいいいぃぃ!」
両手を広げて転移術士に駆け寄っていくはずだったが、ネヘルはもう一歩も進んでいないことに気付いた。
「弟子はもう募集してないんだ。ごめんな」
「……あ……」
振り返ったネヘルが目にしたのは、自分の下半身や飛び出した内臓が置き去りにされている光景だった。
「……ハー、ハー……。私の体があんな風になるなんて……。なんて惨たらしい……いえ、素晴らしい死にざまなのでしょう……コヒュー……」
「……お前、滅茶苦茶気持ち悪いやつだな……」
「はい……。コヒュー……ヒュー……私は……この世で最もおぞましい汚物です……イクゥッ……」
「面白いからお前にだけネタバラシしてやるよ。原理はわからんだろうが、俺は取り出したボスの心臓ごと食べられたから、あいつは当然すぐ死ぬことになって俺も助かったんだ。それからすぐこの階層に戻って、聖騎士を剥製化して……って、もう聞いてないみたいだな……」




