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四八段 これは明らかに修行の範疇を越えてしまっている


「うぬう、これは一体どういうことなのだ……」


 魔道術士のアムディにしてみれば想定外のことが起きていた。幼い外見の少女が逃げてきたかと思うと、ボスのアシッドドラゴンをあの転移術士に擦りつけたのだ。


 自分たちがボスを出してあの少女と同じことを故意にするつもりでいたわけだが、却って好都合だと彼は思った。


「あの野郎、雑魚に囲まれながらボスの攻撃を余裕でかわしてやがる。相変わらず逃げ足だけは速い糞野郎だ……」


 ガートナーの言う通り、転移術士は軽々とリザードマンやボスの猛攻を凌ぎ続けていた。


「まったく、なんで攻撃しないんだろうね。あたいたちを挑発でもしてるつもりかねえ? 調子こきやがって!」

「……」


 転移術士のほうを見つめるレッケの肩が小刻みに震える。その表情は空虚ながらも、それまでだらしなく開かれていた口元は固く結ばれていた。


「今のうちに好きなだけ遊ばせておくがよいさ。どうせ最後に笑うのは我々のほうだからな……。とにかく、作戦通り行くぞ!」


《マインドキャスト》により、単体地属性魔法アースグレイブを発動させるアムディ。鋭く尖った岩の欠片が地面を盛り上げながら進み、アシッドドラゴンの背後に回り込んで尻尾に突き刺さった。跳躍、または飛行しない敵にはほぼ確実に命中させることのできる誘導型魔法攻撃だ。


『オオオオオオオオオオッ!』

「いいぞ、計画通りだ……」


 激怒バーサク状態になり、紫色から赤色に変化したアシッドドラゴンが咆哮する。アムディにはそれが勝利のファンファーレのようにすら聞こえていた。


「――ジェリス、頼んだぞ!」

「あいよ!」


 アムディが立て続けに《ヒートピラー》を放ち、たちまち前方の進路が塞がれていく。聖騎士のジェリスに対しては、狭い脇道から転移術士の背後に回り込むように指示していた。


「ネヘル、ジェリスに支援を掛けてあげるのだよ」

「もうやっております、リーダー!」

「うむ、さすがに抜かりないな、ネヘル。それにジェリスも……」


 ネヘルの《プロテクション》と《クイックムーブ》に守られながら、ジェリスは既に沢山のモンスターをお供にしていた。彼女の姿が埋もれてしまうほどの量だ。リザードマンの大群を引き連れて目的地で《ホーリーガード》を使わせることで、転移術士に向こうの道も通らせないようにする手筈だった。ほかのパーティーは既に排除しているし、ただでさえ狭い道はリザードマンだらけで人が入る隙間もない。


「やつが大きめのテレポートを使って脱出してくる可能性もある。それに備えて、ガートナーはここを見張っているのだ。あれは忘れるなよ!」

「わかってらあ!《ラッシュアタック》!」

「……フフッ。所詮あの男は我々の掌の上で踊っていたにすぎないのだよ……」


 これで転移術士が助かる可能性は完全になくなったと、アムディはほくそ笑んだ。大きめの転移系スキルがあれば脱出できるが、この状況で使えるならとっくに使っているはずなので心配はしていなかった。アシッドドラゴンの本当に恐ろしいところは毒のブレスを吐くことだが、それも激怒状態となればかなりの範囲に及ぶのだ。


「かわせるものならかわすがいい。憐れな転移術士よ……」

「……ぁ、うあ……」


 レッケが呻き声を上げる。


「どうだ、レッケ。お前にもやつの死に際が想像できるだろう。毒霧で動けなくなり、捕まえられたあの男は生きたまま食べられ、化け物の胃の中でじっくり溶かされるのだ。生温いスープに入れられた活魚のように、惨めにな……」

「……ぁ、う……」

「……笑ったか。治るのは時間の問題のようだな」


 口角を吊り上げたレッケの様子を見て、この調子ならもう少しで元に戻るとアムディは確信していた。






 ◆◆◆






『シギル兄さん、閉じ込められちゃったね』

『……ああ。やつらも考えたもんだ』


 道は一方通行。狭い脇道に繋がる背後には、聖騎士とリザードマンの山。前方には火の海が行く手を遮り、その向こうには《ラッシュアタック》を使った剣士、それにリーダーの魔道術士までいる……。それに加えて俺は激怒状態のボスを相手にしているという状況。普通に考えたらもう終わりだろう。普通に考えれば……。


『――コオォォォオオオ……』


 さらにアシッドドラゴンが大きく開いた口で息を吸い始めた。毒のブレスを吐くつもりだ。毒霧とも呼ばれる激怒状態のブレスは、効果が広範囲に及んで滞空時間も長く、吸わずとも肌に当たるだけで一気に麻痺状態となることで知られている。そうなれば俺は生きたまま食べられ、胃の中で少しずつ苦しみながらやつの養分となることだろう。これからボスの心臓を取り出したとしてもしばらくは生き続けるわけで、最早ブレスを止めることはできない。


『し、師匠ぉ、どうすれば!』

『ラユル、毒霧が来るからしばらく沼の中に潜ってるんだ!』

『は、はいです、師匠ぉ! ――あぷっ……』


 沼は浅いものの、体が小さいラユルなら身を隠せるだろう。あの緑色の液体の中では呼吸もできるようになっているんだ。


『シギル兄さん……一体これからどうする気?』

『どうするって……今必死に考えてるところなんだが……』

『……え……シギル兄さん、それって……』

『……ああ。正直かなりやばい……』


 俺のスキル構成は《イリーガルスペル》《微小転移》《念視》《集中力向上》なので、遠くに転移することもできないしメモリーフォンを弄る余裕もない。ラユルもスキル構成は確か《テレキネシス》《集中力向上》《小転移》《テレパシー》だったはずで、違ったとしても彼女の《小転移》以上の転移系スキルはまだ熟練度が浅くて成功する確率は低かったし、やっぱりどう考えたって詰んでるな。これは明らかに修行の範疇を越えてしまっている……。


『オオオオオオオオオォォ……!』


 アシッドドラゴンのけたたましい雄叫びとともに、周囲の景色が一気に紫色に染まるのがわかった……。

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