四六段 ついつい欲しくなってしまう
光とともに十五階層の転送部屋に運ばれてすぐ、ラユルの名誉のために俺たちは地上に舞い戻った。ラユルが透かさず慌てた様子で小走りに駆けていく姿がなんとも面白い。
『シギル兄さん、十四階層に戻らないの? あの弓道士が戦意喪失しているうちに全滅させるべきだよ。今ならまだ間に合うかもしれない』
『それはそうだけど、それじゃ面白くないからな』
『……はいはい、師匠の一番弟子だものね』
『そうそう。厳しくなければ修行じゃない』
逆にそうでなければもう満足できなくなっている自分に気付いた。そういう意味じゃ、俺やあのプライドの高そうな弓道士は殺し屋向きではないのかもしれないな。殺すためには手段を選ばないのが殺し屋なんだろうし……。
『……あれ、セリスが近くにいる』
メモリーフォンで確認したら、セリスがホール一階のほうにいるのがわかった。あんなところで何をしているんだろう?
『また変なこと企んでないならいいけど……』
『行ってみるか』
『うん』
――ホール一階は、威圧感さえ覚えるほどの熱気で溢れていた。なんだ、今日はいつも以上に賑わってるな。特に中央にある巨大掲示板の周りにドーナツ状に人が集まっているのがわかる。一体何が始まるのかと思ったが、次々と画面にレアアイテムが映し出されるたび、大きな歓声や嘆息が上がるのを見て察した。
『そうか、オークションやってたのか……』
『セリスがいるよ、あそこ』
『どこ?』
よく見るとセリスが集団の後方で背筋を伸ばしているのが見えた。そうか、オークションを見るためにここに来てたんだな。
「――あ、シギルお兄ちゃんにリセスお姉ちゃん……あれ、ラユルちゃんは?」
「ここですよ!」
「あ……」
ラユルがすぐ側にいた。前屈みになって両膝に手を置いてるしかなり苦しそうだが……。
「ラユル、まさか例のトイレまで行って来たのか?」
「はい! あの場所が一番落ち着くので!」
「……というか、そこで待ってればいいのに。俺もすぐ溜まり場に行く予定だったんだから」
「えっと、オークションに参加しようと……」
「……さ、参加?」
「えー、ラユルちゃんすごーい!」
「えへへ……」
モニターに浮かんでるレア装備はどれもこれも高価な物ばかりだ。よくこんなオークションに参加できるな。ラユルって実は金持ちだったんだろうか? ラユルは巨大掲示板を時折確認しつつ、難しい顔でメモリーフォンを弄っている。
「――三番の装備、2000ジュエルで即決です! 落札した冒険者は、ラユルさんになりました!」
アナウンスとともに、おおおっとどよめきが上がる。俺もそれに貢献した一人だった。2000ジュエルって、凄いな……。
「おめでとう、ラユル」
「おめでとう、ラユルちゃん!」
「ありがとうございまーす!」
落札したレア装備をウキウキで受け取りに行くラユルに注目が集まっている。途中で転んで笑いも誘ったが、しっかり起き上がって用意された壇上に登り、主催者から青い杖を贈呈されてメモリーフォンに収めると、拍手や歓声を浴びて真っ赤になっていた。炎を模ったような洒落たデザインで、煉獄の杖と画面には記載されていた。確か、オークション時はあの場所限定で装備を手渡しで取引できるようになってるんだよな。武器屋とかだと購入した得物はメモリーフォンに直接収納する形になっている。お、ラユルが照れた様子で戻ってきた。
「ラユル、凄いじゃないか」
「ラユルちゃん、凄いよ!」
「ど、どうもですう……。どうしても欲しいものがあったので、即決で買っちゃいました……!」
「まさか、2000ジュエルも持ってたなんてなあ。この金持ちの憎たらしい弟子め……」
「師匠ぉ、もうすっからかんですので貧乏人に逆戻りですよぉ……。私、これのためにずっと無駄なことにお金は使わずに貯金してたんです。九三階層の聖属性のボスが稀に落とすという、超スーパーレアアイテムなんですよっ!」
煉獄の杖が納められた武器欄を得意顔で見せびらかすラユル。セリスはわけがわからなそうにぼんやりと見てるが、俺は正直羨ましい。九三階層っていえば神殿が舞台であり、冒険者の最高到達階層にも近いしそこのボスが出すなら相当な物だろう……。
「それで、どんな効果なんだ?」
「はいっ! これはですね、ヒール量や魔法の威力が格段に上がるという優れものなんです! 忍耐の杖とどっちを買うか迷ってましたが、師匠と出会ったことでこっちに決めました……!」
「忍耐の杖か……」
それなら聞いたことがある。確か、八五階層の雪原ステージのボスが稀に落とすレア装備だったはずだ。魔法の威力が少し増すだけじゃなく、魔法の成功率や命中精度が5%も上昇するという高級な杖だが、限りなくノーコンのラユルにとっては焼け石に水になりそうだし、断然こっちのほうがいいだろう。
「――十五番は術士なら誰もが垂涎もの、瞑想の杖です! 精神容量が一割も増す至高の一品! 開始額は1500ジュエル! 即決額は3000ジュエルとなります!」
「……」
今のアナウンスされた杖、心底欲しいやつだった。俺にぴったりの装備だからだ。今思い出したが、七七階層の廃墟ステージのボスが落とすんだよな。杖の先が瞼を閉じた眼球の形になっているんだ。成功率や威力が上がる装備にはあまり興味がないが、こうしたものは使えるスキルの選択肢が広がるからついつい欲しくなってしまう。
『シギル兄さん、欲しいの?』
『あ、ああ。わかるよな』
『うん。ずっと一緒だもの……』
『ま、俺には縁のないものだから諦めるよ』
『……仕方ないね』
『ああ……』
メモリーフォンに入ってる俺の所持金はたった95ジュエルだからな……。




