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三八段 これほど歯痒いと思ったことはなかった


『リセス、今からセリスの体に入ってくれ』

『……どうして?』

『……た、たまには頭を撫でてほしいかなあ、なんて思って……』

『……ラユルにやってもらえば?』

『ラユルは撫でられるほうだから……』

『……いいよ。でも、急がないとあの人の仇取れなくなっちゃうかもよ』

『……頼む。今がいいんだ』

『……うん』


 俺は怖かった。いつかリセスが本当に消えてしまいそうで。だから今すぐにでもセリスの中に入ってもらいたかったんだ。


「――おおっ……」


 黒猫のミミルを抱えたセリス、それにラユルとともに街の外へ行き、早速リセスがセリスに《憑依》したわけだが、そこで俺はとても懐かしい表情を見た。宿主が交代したセリスは、同じ姿なのにまったく別人に見えてしまう……。


「ラユル、ミミル、紹介するよ。俺の相棒の殺し屋レイドだ。でもここじゃリセスって呼んでくれ」

「は、はいぃ! レイド……いえっ、リセスさん、いつも私の旦那がお世話になってますっ!」

「ウニャッ」

「ラユル……あんまり調子に乗るとお尻……いや、おでこペンペンだぞ」

「あうっ……」

「……よろしく。ラユル。シギル兄さんを末永くよろしくね」

「はいです!」

「リセス、そんなんじゃますますラユルが調子に乗っちゃうだろ!」

「えへへ……」

「……なんだか、久しぶり。この感覚……」


 リセス、ぼんやりと周りを眺めたあと、抱えていたミミルを地面に下ろした。


「ウニッ」


 ミミルがゴロゴロ言いながらリセスに体を擦りつけてる。殺し屋同士、気が合うっぽいな。


「ラユル」

「は、はい!」

「ミミルを連れて、溜まり場に戻っててくれないか」

「えええ!?」

「二人だけで話したいんだ」

「浮気ですかぁ!?」

「ラユル……」

「わ、わかってますよぅ。……信じてますっ!」

「……」


 涙目でミミルを抱えて走り去るラユル。まったく。あいつの脳内じゃどんなストーリーが展開されてるんだか……。


「シギル兄さん、私に気を遣わなくても……」

「リセス、頼むからそんなことを言わないでくれ」


 リセスを抱きしめると、その体が少し震えたのがわかった。


「ラユルは俺の可愛い弟子、リセスは俺の……」

「やめて……」

「リセス?」

「あの子、本当にシギル兄さんのことが好きなんだよ」

「リセスは違うのか?」

「……自分の体もないのに、そんなこと言えるわけ……」

「リセス……。俺の気持ちはわかってるだろ」

「……」

「俺はお前のことが――」

「よしよし……」

「――え……」


 俺はリセスに頭を撫でられていた。ちょうど、修行中だったあのときみたいに。


「シギル兄さん、私は殺し屋なの。だから、普通の人みたいに幸せになってはいけないの……」

「リセス……」

「お願い。私のことが本当に好きなら、もうそれ以上は言わないで。本気でシギル兄さんのことを好きになっちゃうから。こうして触れ合えただけで、もう満足だから……ありがとう……」

「……」


 まったく表情は変わらないのに、こんなに悲しそうなリセスの顔は初めて見た。好きになればなるほど、お互いに辛くなるだけだと言いたいんだろう。何も言い返せないことが、これほど歯痒いと思ったことはなかった。






 ◆◆◆






 リセスを俺の中に戻し、溜まり場で待っていたラユルとともにすぐ十四階層に向かったわけだが、気にしてるかと思いきや普通に明るかったので驚いた。この子は見た目だけじゃなく、中身も幼女なだけあって天真爛漫なんだと再認識した。さすがに彼女を自分の奥さんとして見るのは厳しいが、もう精神的支柱の一人といってよかった。そうだ、リセスは心強いパートナー、ラユルは育て甲斐のある弟子、セリスは妹みたいなもの。それでいいんだ。そこに恋愛要素を混ぜるからおかしくなってしまうし、そもそも俺はそういうのは途轍もなく苦手なんだ。


「――師匠ぉ、卵がいっぱいです!」

「……蟻もいっぱいだな」

「ですねぇ。人もいっぱいですけど……!」


 十四階層の転送部屋から見てもわかるように、十四階層は小型の橙色の蟻――ハニーアント――とその卵、それから冒険者の姿で溢れていた。それまでなんだったんだと思うくらい、ここは活気で満ち溢れているのだ。事前に情報は仕入れていたが、まさかここまでとは思わなかった。


 圧倒的な人気狩場とされるこの十四階層は、見ての通り地属性の蟻たちが闊歩しているわけだが、その数がとにかく多く、倒しても倒しても溢れ出てくるので金銭効率は最高クラスなのだ。しかもボスを出現させるには膨大な数の蟻を倒さなくてはならないため、金銭だけを狙ってボス狩りはしないで帰るというパーティーも多いらしい。


 だが、その一方で命を落とす冒険者も多いと聞く。実はこの階層、これまで最も多くの冒険者が死んでいる場所だともいわれている。冒険者の間で【地下墓地カタコンベ】とも呼ばれるこの十四階層は、人が多いために場所を固定して狩るのが一般的だが、良い場所を巡ってパーティー同士が揉めた結果、溜まりに溜まっていた蟻たちにやられるというパターンが主流のようだ。


「それじゃ、探すか」

「はーい!」


 マップも広くなってきたし、これだけ人がいると例のパーティーを探すのは困難を極めそうだが、妨害してからそう遠くまでは行ってないはずだし、必ずこの階層のどこかにいると思えば気力を保てるはずだ……。

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