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三四段 少し浮かれすぎてたようだ


 十三階層は、転送部屋からも地面に無数の穴が開いてるのが確認できた。ちょうど人間の子供が一人すっぽりと入れるくらいの大きさに見える。


「あ、モグラさんですぅ!」

「……」


 ラユルが杖で指し示す方向の穴に、灰色のモグラー――アイアンモール――が顔だけを出していた。その名の通り鉄のように硬い皮膚を持ち、物理攻撃には強いが、火属性の魔法攻撃にはからっきし弱い地属性の小型モンスターだ。魔法職からしてみたらブルーバットより弱いらしい。とはいえ、両手の鋭い爪によって体よりずっと大きい穴を掘るので、慎重に歩かないと落とし穴に嵌ってしまう。


「ラユル、足元には気をつけろよ」

「はいっ――きゃあぁっ!」

「あ……」


 転送部屋を出た途端、ラユルが落とし穴に落ちてしまった。近くを通ったパーティーから笑い声が上がるくらい深刻さのない高さではあるが、まさかいきなり落ちるとは……。


「大丈夫か?」

「大丈夫ですよぉ。《小転移テレポート》! ふぅ……」


 これを見越してラユルに《小転移》を入れさせておいて正解だった。この子の詠唱速度なら《テレキネシス》で、落ちる寸前に体を浮かせることもできるだろうが、まだ転移術士自体に慣れてないだろうしな。


「いい勉強になったろ、ラユル」

「ですねぇ。ちょっとお尻が汚れちゃいましたが……」


 ここぞとばかりにお尻を見せつけてくるラユル。なるほど、ばっちり汚れちゃってる……。


「今度からは《テレキネシス》を使うことだ。ローブじゃなくてその服で不幸中の幸いだったな」

「はい、師匠ぉ。私……実はそれを計算に入れてました!」

「嘘ばっか」

「うぅ……はい、嘘ですぅ……」

「うむ、ラユル君、正直でよろしい!」

「えへへ……」

『……シギル兄さん、楽しそうだね』

『そ、そうかな?』

『うん。ラユルと私、どっちが好き?』

『……え……リセス、妬いてるのか?』

『冗談』

『……やられた』

『ふっ……』


 冗談とは言ってるが、リセスは自分の実体がない分、寂しさがあっての台詞かもしれないな。俺自身、転移術士の弟子が出来たことで少し浮かれすぎてたようだ……。






 ◆◆◆






「――《テレキネシス》!」

『キュッ!?』


 信じられないことだが、アイアンモールは穴から出てくるたびにラユルの《テレキネシス》によって岩や壁に叩きつけられ、即死していた。今のところ、命中率100%だ。といっても、ラユルの命中精度が上がってるというわけでは決してない。使い続けたことで熟練度が上がり、範囲も威力も増した結果、掠っただけでこうして倒せているのだ。稀にジャストミートしたときは死骸すら確認できなかったからな。単体魔法攻撃なのに範囲攻撃にすら見えるのは、それだけラユルの魔法力が桁外れに優れていることの証明だろう。


「偉いぞ、ラユル」

「えへへっ、師匠のおかげです!」

「《テレキネシス》を諦めなくてよかったな」

「はいっ!」


 ……ラユルの頭を撫でようとしたが、止めた。またリセスに何か言われかねないからな……。


『リセスも、たまにはセリスに《憑依》したら?』

『どうして? シギル兄さんと一緒にダンジョンに行けなくなるのに……』

『あ、いや、そうだけど、たまには触れ合うのもいいかなって……』

『……そうだね。でも、あくまでも借りるだけだし、自分だけの体が欲しいな』

『……』

『ごめん、今の忘れて』


 今のはリセスの偽らざる本音だろうけど、こればっかりはどうしようもできないことだからな。


「――あ、シギルさん、ボスですう!」

「あ……」


 見ると既に魔法陣が現れ、輝き始めていた。ここら辺、あまりにも穴だらけだったから《テレキネシス》で浮いてて、振動に気が付かなかったようだ。


『――キュイッ……』


 小型で、眠そうな顔をしていてまったく存在感がない、そんな十三階層のボス、コルヌモールが姿を現わそうとしていた。体毛は真っ白で、頭部に小さな角を生やしてはいるがむしろアイアンモールよりも弱く見えてしまうほどだった。属性は無で、魔法耐性がかなり高く、物理攻撃には弱いのが特徴。ただし、こう見えて異常にスピードがあり、物理攻撃を当てるのは困難を極めるし、それが激怒状態になる条件となっているため、長期戦覚悟で魔法を当て続けるのが主流の戦い方だ。攻撃力も高くないため、前衛と中衛がしっかりしていれば決して怖くない相手だと言われている。もちろん、激怒状態になれば別で、角が膨張し、凄まじいほどの威力を発揮するという。


「よし、やってやるか」

「師匠ぉ、その前に!」

「おっと、そうだったな……」


 ここのボスは攻撃されるまでは襲ってこない仕様なので、戦う前に一応、ラユルと一緒に《念視》を交えつつ周囲をじっくり確認したが、岩の陰とかに誰かが隠れている様子もなかった。よし、これでようやく誰にも邪魔されずにボスを倒せるな。《微小転移》なら相手の魔法耐性なんてまったく関係ないし、一気に片を付けてやろう。


「……あ……」


 今更振動がしたと思ったら、ローブの内ポケットに入れていたメモリーフォンからだった。目を擦るような仕草をするボスに注意しつつ、ちらっと確認してみるとセリスのものから発信されてるのがわかったが、伝言が添えられてない。そういえば、持ち主の元から離れて一定時間経つと、フレンド登録者に振動を伝えるように設定してたっけ……。


『まずい、セリスに何かあったみたいだ。戻ろう!』

『シギル兄さん、こんなときにごめん……』

『ボスなんてあとで倒せばいいだけだし問題ない』

『……うん』

「ラユル、一旦戻るぞ、話はあとだ!」

「ええっ!?」

「――《極大転移テレポート》!」


 考えたくないが、何者かに誘拐されたときにメモリーフォンを落とした可能性もある。セリス、どうか無事であってくれ……。

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