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三一段 こういうのには免疫がまったくない


 逃げるストリッパーを追いかけるようにしてパーティーが去ったあと、溜まった蝙蝠たちを片付けていた俺たちの前に強い揺れがやってきた。いよいよ十二階層のボスのご登場ってわけだ。一応、属性やら激怒状態になる条件やらは調べてある。《マインドキャスト》と《イリーガルスペル》を入れ替えて準備完了だ。


「し、師匠! 出てきますう!」

「ああ、遂にな……」


 夥しい輝きに包まれた魔法陣の中から、円らな黒い双眸を持った真っ赤な蝙蝠が姿を現そうとしていた。今まで倒してきた青い蝙蝠は小型で水属性だが、ボスは中型であり火属性だ。こいつは魔法耐性がほとんどなくて特に水属性の魔法に弱いが、それこそが激怒させる唯一の方法なのだ。


『キュウゥ……』


 その名もスチームバット。別名【中級者殺し】。中級者と呼ばれるほどに強くなったパーティーが、腕試しと称して浅い階層のボスを激怒状態にして討伐することがあるが、彼らが決まって命を落とすのがこのボス相手なのだ。この階層に巣食っているブルーバットは弱すぎるものの、スチームバットにはそんな退屈さを一掃するほどの強さが秘められている。水属性の魔法攻撃により、怒り狂ったスチームバットは蒸気のような高熱の息を放出し、それにより周囲の気温はぐんぐん上昇し、見る見るパーティーの体力、精神力を奪っていくという。それが地獄の始まりであり、十一階層のボスを遥かに上回る機敏さによって飛び回り、口の両側に突き出た鉤状の牙で冒険者を次々と引っ掛け、岩で磨り潰していくというのだ。もちろん、俺たちには水属性の魔法で攻撃する術はないし、安心して戦えるわけで――。


「――《ウォータークラッシュ》!」

「「ええっ?」」


 俺とラユルの素っ頓狂な声が重なる。信じられない言葉が後ろから飛んだかと思うと、水の塊が勢いよく立て続けに飛んできて、ことごとくスチームバットに命中してしまった。おいおい、一体誰が……。


『ギュッ……ギュウウウウッ……!』


 振り返る暇もなく、赤いオーラを発したスチームバットの頬が一気に膨らんだかと思うと、まともに目を開けてられないほどの熱風を吐きかけてきた。


「ぐぐっ……」


 は、肌が爛れるかと思うほどだ。呼吸するのも苦しい……。


「あ、熱いですうぅぅ」

「ラユル!」

「あうっ!」


 やつがラユル目がけて羽ばたいたときには、《微小転移》で小さな体を抱え込んでいた。


「ぐっ……」


 それでも背中を牙の先っぽで微かに抉られたのがわかる。浅かったらよかったが、こいつ、なんて速さだ……。《微小転移》による高速移動に対してぴったりついてきてやがる。最初の一撃以降、避けることはできているが、とにかく異常なほどに蒸し暑くて余裕がない。このままじゃこっちの体力、精神力ともに持ちそうにないな。《念視》で捉えようとするが、その暇さえ与えてくれないんだ。こんなことになるなら最初から使っておくべきだったが、こういう状況は想定してなかったし……。一体、誰がなんの目的で《ウォータークラッシュ》を掛けたのか知らないが、この戦いが終わったら絶対に探し出して殺してやる……。


『シギル兄さん、一旦退いたら?』

『……いや、やってやる。俺は師匠の弟子だ。辛くなかったらそれは修行じゃない』

『……それ、言うと思った』


 ……見抜かれてたか。ってことは多分、余裕ではなくとも崖っぷちまでは行ってないってこともわかってるか。俺は一度死んだようなもんだし、師匠との厳しい修行もあって苦境には慣れてしまっている。


「――《微小転移》!」

『ギュウゥッ!?』


 スチームバットの体がほんの少しずれた結果、俺の隣にある岩に衝突し甲高い声を上げながら地面をのたうち回った。もちろん、その間に《念視》で心臓の位置を確認することも忘れない。……へえ。頭部にあるんだなと思ったら、目かよ。二つ心臓があって、それが目との兼用だったってことも意外だが、モンスターなんだからなんでもありか……っと、もう起き上がったかと思うと透かさず突っ込んできた。


『……ギッ……』


 とどめの《微小転移》によってやつの二つの心臓は俺の拳にすっぽりと収まったが、その異常なスピードと取り巻く熱気は少しも衰えることがなかった。気を抜けない相手だ……。それでもしばらく避けているうちに、やがてスチームバットは唐突に心臓、本体ともに消えてなくなった。自分たちの体が祝福の光に包まれるのがわかる。さすがに【中級者殺し】と呼ばれるだけはあるが、今回ばかりは【初心者殺し】にすらなれなかったわけだ。


「シギルさん、素敵です……」

「……あ」


 ラユルから熱いキスを頬に頂いてしまった。少なくとも、この子の目に視点を合わせられない程度には照れている。本当に、こういうのには免疫がまったくないからな……。


『シギル兄さん、顔真っ赤だよ』

『……リセス、それは元々。っていうか見えないだろ?』

『……くくっ。だね。でもわかるよ』

『……そりゃな』


 十三階層の転送部屋に着いたわけだが、俺の顔は熱気やら照れやら怒りやら色んなものが混ざって凄く赤かったに違いない。それにしても、リセスがこんなに可笑しそうに笑うなんて珍しいな。長く一緒にいることで、俺がどんな表情してるのかとか想像がつくのかもしれない。


『十二階層に戻るか』

『うん』


 ボスを怒らせたやつがまだいればいいが……いなかったとしても、必ずいずれ見つけ出して内臓を丸ごと外気に晒してやる……。

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