三十段 いいことをしたあとは実に気分がいい
「《テレキネシス》!」
翌日の午前十時、早速十二階層に向かったわけだが、青い蝙蝠たちに向かって放つラユルの《テレキネシス》はことごとく外れていた。元魔道術士なだけあって、杖を掲げる仕草とかは様になってるんだがな……。
「ラユルのノーコンは伊達じゃないな……」
「うぅ……。やっぱり、これ入れるの止めます!」
「いや、そのままでいいよ」
「ええっ!?」
「辛いことから目を背けていたらダメだ。ノーコンと向き合いなさい」
「は、はいぃ、師匠ぉ!」
……とはいえ、ラユルのノーコンは天性のものかもしれないと思い始めてるのも確かだ。ただ、転移系スキルばかり任せるのも退屈だろうし、何かこれを生かす術はないものか……。
『……シギル兄さん、師匠が板についてきたね』
『そのまま俺の師匠の真似しただけだよ』
『模倣から始まるんだよ。なんでも』
『師匠が言ってた?』
『お義父さん』
『……なるほど。って、もしかしてお義父さんも転移術士?』
『うん。でも師匠のほうが色んなスキルを持ってるから弟子になってきなさいって。お義父さんもオリジナルスキルはあるって言ってたけど、これは自分にしか使えないからって教えてくれなかった』
『そうか……。リセスの《憑依》や俺の《イリーガルスペル》みたいなものかな』
『だろうね』
だとすると、ラユルにしか使えないスキルっていうのもいつか生まれるかもしれないな。
「――おいっ、そこのガキッ!」
「うっ?」
「あ……」
突然の罵声に何事かと思ったら、近くで狩りをしているパーティーの一人がラユルにずかずかと詰め寄ってきた。突き出たバストやヒップ、細いウエストが印象的な色気たっぷりの魔道術士だった。
「さっきてめーの《テレキネシス》があたしの背中に当たって、転びそうになったんだけどさあ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「今度やったら容赦しないからね!」
「はいぃ!」
……あの女、肩を怒らせながら向こうのパーティーに合流していったが、感じの悪いやつだな。そもそもこの周辺では最初に俺たちが狩りしていたわけで、女だけこっちに下がりすぎたことも当たった原因なのに、一方的に文句言ってくるんだから当たり屋となんら変わらない。確かにラユルはノーコンではあるが、《テレキネシス》の効果範囲ってかなり狭いからな。特にまだ熟練度が低いうちは。
『あいつ、感じ悪いね。殺そうか』
『……うーん、無暗に殺すのはなあ……』
別に殺してもいいんだが、この程度の諍いでいちいち殺してたら師匠の教えに反するような気もする。それに、向こうのリーダーっぽい男回復術士がこっちに頭を下げつつ、女に後退しすぎないように諭してるっぽいから尚更だ。おそらくあの女はあっちでも問題児扱いされてるんだろう。ただ、見た目がいいし男だらけのパーティーなのもあって強くは言われないんだろうけど。
『もう少し様子を見よう』
『うん』
「――《テレキネシス》! うぅ……」
……やっぱり当たらない。普通は少しずつ当たるように修正されていくものなんだが、それどころかラユルの《テレキネシス》は毎回全然違う方向に行っているから驚く。最早わざとやってるんじゃないかっていうレベルだ。というか、よくこれでジョブ試験に合格したものだと思う。10歳から各地の転職場で受けられるジョブ試験はどれも厳しいことで有名だが、魔道術士の試験は特に難しいことで知られているんだ。
ということは、ノーコンである点を除けば魔法の威力や詠唱速度、精神力のスタミナなんかは並々ならぬものがあるのかもしれない。特に詠唱速度なんかは才能で成り立っている。早口で言えばいいというわけじゃなく、唱えたあとにどれだけの速さで完成された魔法を立ち上げられるか。これは努力で埋められるものではなく、素質のみ関係するといわれている。無属性魔法の一種である《テレキネシス》も同じで、よく見てみると、ラユルのものは俺よりずっと口にしてから発動するまでが早いのがわかる。
『キイィッ!』
「わっ! 師匠、やりましたあ!」
全然当たらないことで周辺の蝙蝠が異常に増えてきた結果、偶然当たるのも出てきたわけだが、凄い勢いで岩に叩きつけられて即死してしまった。俺の《テレキネシス》では絶対に出ない威力だ……。
「――きゃっ!」
「あ……」
何が起きたのかと思ったら、ラユルの青いローブがズタズタに引き裂かれてしまっていた。これは……風の魔法だ。例の女のほうを見ると、案の定こっちにしたり顔を向けていた。使ってきたのはおそらく《ウィンドカッター》だろう。《マインドキャスト》で仲間にバレないようにやり返してきたようだ。
「うー……」
ラユルは体のあっちこっちに軽度だが裂傷まで負ってる。俺の弟子に対して、ふざけやがって……。
『シギル兄さん……』
『リセス、わかってる。こっちもやり返すさ』
スキル構成は《微小転移》《集中力向上》《念視》《マインドキャスト》のみ。
『あれ? シギル兄さん、これじゃ《イリーガルスペル》が入らないよ。あの女を《念視》で見てから入れ替えたら?』
『まあ見てて』
『……うん』
まずは《念視》であの女の中身をじっくり観察すると、《微小転移》で小刻みに近付く。
『……《微小転移》!』
「――お、おいラズリー、なんで服を……」
「え? ――いっ、いやあああっ!」
生意気な女魔道術士が、ストリッパーに転職した瞬間だった。《微小転移》は単独でもズレを意識すれば歪みが生じて、りんごの木を枯らしたときのようなテクニカルな使い方もできるんだ。こいつの仲間たちも鼻の下を伸ばして喜んでるみたいだし、いいことをしたあとは実に気分がいいな……。
『裸くらいで……』
『……』
さすがは殺し屋。これしきのことでは動じない……。




