二八段 こんな日が来るとは夢にも思わなかった
「真っ暗―! シギルお兄ちゃん、どこまで連れてくのー?」
「もう着いたよ。ほら、セリスが探してたお友達のところだよ」
「えー!?」
セリスの両目からゆっくりと手を離す。どこに行くかは着いてからのお楽しみということで、目隠しをしてカフェまで連れてきたんだ。賑やかな喫茶店の片隅では、美味しそうにお子様ランチを頬張るラユルの姿があった。
「どこー?」
「ほら、あそこ!」
「いないよー?」
「ん?」
あれか、客が多いから目が散るのかもな。目の前まで連れていくとしよう。
「――あ、おかえりなさいです!」
「ただいま。ラユル、凄く美味しそうだったな」
「えへへ……って、その子がシギルさんのお知り合いなんですね! 初めまして、私はラユルと申します!」
「初めましてー! 私はセリスだよ!」
「……ん?」
初めまして……? おかしいな、ラユルとセリスは友達同士だったはずだが……。
「あ、シギルお兄ちゃん、私のお友達はどこ?」
「……」
ふざけている様子はない。セリスは真顔だ。ということは気付いてない……のか? 格好が一緒遊んでいたときとは違った、とか……。
「ラユル、この子知ってる?」
「はい、シギルさんのお知り合いですよね!」
「いや、そうじゃなくて……以前から知ってた?」
「……ええっ? 知りませんよぉ……」
「……」
なんてこった。人違い、もとい幼女違いだったとは……。
「すまん、セリス。俺の勘違いだったみたいだ……」
「そっかあ。でも、この子もすっごく可愛いよ!」
「……あ、えっと、ありがとうございます!」
「なでなで……」
「……う、うぅ。なんかとっても複雑ですけど!」
……その割に嬉しそうだな、ラユル。感動の再会のイメージとは少し違ったが、それでも結果的にはこうして二人とも喜んでくれたんだし会わせてよかった。
◆◆◆
食事が終わって三人で談笑中、午後十時を知らせる控えめな鐘が鳴ったこともあり、そのまま宿に行こうとしたんだが、その前にラユルから溜まり場と宿を両立した場所があると聞いて、早速そこに向かっていた。正直信じられないな。溜まり場なんて競争率高いところだらけなのに、さらに宿にもなるなんて……。もしかしたら物凄く金がかかる場所なのかもしれないと思い始めて足取りが重くなる。
「シギルさん、早くっ!」
「早くー!」
「……お、俺そんなに金ないんだけど?」
「大丈夫です、来ればわかります!」
「……」
一体どんな場所なんだか……。ホール三階の右側をずっと歩いてるんだが、なんかこの辺、人の往来がまったくないような気がするんだけど、偶然かな……? 消灯時間とはいえ、まだ夜の十時をほんのちょっと過ぎたくらいなのに。三階といえば左側にある例のベッドのみの簡易な宿しか行ってなくて、ほかの場所にはほとんど行かないからよく知らないが……。
「ちょっと遠いですけど、本当に最高の場所なんです!」
「わくわく!」
「……」
そういや、この辺ってダンジョン管理局の執務室とかあるんだよな。俺が知ってるのはそれくらいで、もちろん関係者しか入れない、一般人の俺らにはわけのわからない場所なんだが……まさか、ラユルがそこのお偉いさんの一人娘で、特別に便宜を図ってもらい、そこに出入りできるとか……? なわけないとは思うが、宿も溜まり場も両立するとなると、正直それくらいしか想像できないから俄然期待してしまう。さっきまで不安で仕方なかったのに、俺も調子いいもんだ……。
「――着きました!」
「わー!」
「……こ、ここは……」
どう見ても、トイレ……だよな。それも女子トイレ……。
「ここで待ってるよ」
「じゃあ、行ってきまーす――じゃなくて! ここが宿でもあり、溜まり場でもあるんですよ!」
「……」
試しにラユルのおでこを触ってみたが、熱はなかった。正気なのか……。
「熱はないですっ! とにかく入ってみてください!」
「ちょ……」
女の子に背中を押されて女子トイレに入るなんて、こんな日が来るとは夢にも思わなかった……。
「……」
トイレの表記がしてあるだけで、実はトイレじゃない……とかほんの少しでも期待した俺がバカだった。やっぱりただのトイレじゃないか……。
「ここなら顔も洗えますし、当然用も足せますし、床も綺麗にしてあるので、寝ることも……って、待ってください!」
逃げようとしたがあえなく捕獲されてしまった……。
「いや、待てないって。だってこのままだと俺、ほかの女子に見つかったら一生変態冒険者っていう汚名を着せられるかもしれないんだが……?」
「大丈夫ですよぉ。だって、貸し切りなんですから!」
「え……?」
「私たちしか使わないってことです! ここはお化けが出るって有名なトイレですから!」
「……お、お化け……?」
「はい!」
「こ、こわーい!」
セリスが俺の後ろに隠れてしまった。
「大丈夫です、あくまでも噂ですから。そして、それを流したのも何を隠そう、私ですっ!」
「な、なんでそんな噂を……」
「もちろん、私の安らかな休憩タイムのためです! どこも冒険者でいっぱいですから……。元々過疎ってたトイレだったんですが、深夜に入ってきた人に小声で囁いたり、大きな白い布を被って特攻したりと、地道な努力が実を結びましたっ……」
「……なるほど……。パーティーに所属してたときもここが溜まり場だったのか?」
「いえっ! ここは私だけの秘密の場所だったんです。泣きたいときとか、ここで……!」
「ラユルも泣くんだな」
「そりゃ泣きますよぉ!」
ラユルは天真爛漫、元気溌剌って感じだからイメージできなかった……。
「そんな場所を紹介しちゃっていいのか?」
「いいですよ。だって、シギルさんは私のダーリンですから……!」
「……」
「ねえ、シギルお兄ちゃん、ダーリンってなあに?」
「い、愛しい人ってことだよ、セリス」
「そーなんだあ。じゃあ私もシギルお兄ちゃんのダーリンになる!」
「……むう、負けませんよ!」
「私だって!」
「……」
まさに両手に花――幼女――だな。こんなところを誰かに見られたら本当に色んな意味でヤバそうだが……。




