二六段 生まれついての闇属性ってわけか
「どういうつもりなんだ?」
ホール二階にあるカフェの片隅で、ラユルと名乗った幼女と俺は向き合っていた。
「だから、弟子入りしたいんですよぉ……」
「ラユルのお父さんとお母さんは? 今頃心配してるぞ。どうせ家出してきたんだろ?」
「……うぐっ」
涙目になるラユル。図星だったんだな。てっきり、ダンジョンで俺の正体を知り、なんらかの目的があって尾行してきた冒険者とばかり思っていたが、それがただの家出幼女とはな……。だとすると、かなりわがままな子なのかもしれない。大方、冒険者なら誰でもいいから弟子入りとかいう名目で寄生して、たっぷり贅沢をさせてもらおうっていう魂胆だろう。ホールにはなんでも揃ってるからな。外の店に比べると、例の簡易な宿を除けば全体的に割高だが……。
「やっぱり私、幼女に見えますよねぇ……」
「ん? 幼女は幼女だろ?」
「うぅ……確かに見た目はそうでしょうけど、でもでも、実際は違うんですよ! 15歳なんですぅ!」
「はあ……」
ラユルは妙なことを言う。今度は年齢詐欺か? こんな小さいうちから色々と良くないことを覚えすぎると将来ろくなことにはならんな。人を騙すことに長けたエルジェみたいな悪い冒険者になってしまうぞ……。
「――あ、そうだ。これ、見てください!」
幼女ラユルがはっとした顔になり、小さな手でポーチから取り出したメモリーフォンをテーブル上に置いた。まだお子様なのにこんなのまで持ってたのか。これ結構高いんだよな。親とか声を掛けた冒険者におねだりして買ってもらったのかな? ……って、あれ。ラユルのプロフィール欄……年齢のところに15歳とある。別人? いや、名前も顔も装備も一致してる……。
「……ま、まさか、ラユルが本当に15歳だなんて……」
「そんなに意外そうな目で見ないでくださいよぉ。こう見えて、私もうバリバリなんですよ!」
「……」
何がバリバリなのかはともかく、15歳っていうのはダンジョンに行ける年齢だし、結婚もできるんだよな。セリスよりチビで幼く見えるのに……。って、もしかしたらセリスと一緒に遊んでたのってこの子じゃないか? いや、どう考えてもそうだよな……。
「私、レイドさんに弟子入りさせて頂けるまで、徹底的に粘りますからっ!」
「……あ……」
レイドさんだって。がっつり知られちゃってる……。
「もう、とにかくレイドさんの凄さには最初から最後まで痺れっぱなしでしたよ! あの拳闘士の心臓を魔法で取り出すところなんて特に――もがっ!?」
「声が大きい」
ラユルの口を思いっ切り塞いでやった。たまたま店内に客の姿がほとんどなかったからよかったが、多かったらと思うとぞっとする……。
「なるべく静かにな」
「はい。ご、ごめんなさいぃっ、レイドさん! ……あぁっ!」
どうやら天然らしい。
「頼むから静かにしてくれ。それに俺のことはシギルって呼んでくれ……」
「あ、はいっ! とーぜん秘密事項ですよね、もちろん……。でも、格好良くて、つい……」
『……リセス、ずっと黙ってるけど、この子どうする?』
『……』
『リセス?』
『……あ、ごめん。ちょっとうとうとしてた……』
『……』
よく考えたら、あれだけ殺し屋レイドとして働いたあとだからな。大したことはやってない俺でも結構眠いくらいだから仕方ないか。
『大丈夫か?』
『うん、もう大丈夫……。このラユルっていう子、殺し屋のことよく知らないし、危険人物じゃないね。殺し屋のことを知れば知るほど憧れなんて抱かなくなるよ』
『そうなのか』
『うん。それに、殺し屋はなりたくてなるものじゃないんだ。気が付いたらなってるもので、生まれつきの属性みたいなものなんだって、お義父さんもよく言ってた』
生まれついての闇属性ってわけか……。
『危険人物じゃないってことは、色々知られちゃってるけど殺さなくてもいいってこと?』
『うん』
『それならよかった。この子は見た目的にも殺す気にはなれない。しかもセリスの友達っぽいし……』
『そうだね。私なら相手の見た目はまったく関係ないけど。というか、いちいち相手を選んでたら誰も殺せない』
『……だろうな』
実際の殺し屋が言うと説得力がある。
「私、必ずシギルさんのダーリン……いえっ、片腕として立派な殺し屋になってみせますうっ……」
「……」
ただ、ラユルは殺さないにしても放っておくと色々面倒そうなタイプだな。
『もうシギル兄さんの弟子にしちゃったら?』
『……そうだな。なんか口が軽そうだしこっちで抱え込んでおいたほうが安全か。でも、弟子にするならその前に俺の過去を話さないといけない。師匠が俺に辛い過去を打ち明けたように……』
『うん。師弟関係になるわけだしね。でも、もしそれでこの子が怖くなって逃げ出すようだったら、殺すね』
『リセス、殺さなくていいって言ってたろ……』
『シギル兄さんの気持ちを裏切る人は、私絶対に許せないから……』
『……わかった。ありがとう、リセス……』
リセスは俺が一番辛いときに側にいてくれたんだ。俺も彼女の気持ちだけは絶対に裏切りたくない……。




