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二五段 ボス戦なんかよりもずっと緊張する


『……いない』


 十二階層の転送部屋から十一階層に戻り、《微小転移》で隈なく探し回ったが、キノコのモンスターが彷徨ってるだけで人の姿はなかった。やはり帰還してしまったか。ソロでこんなところに来てたみたいだし、かなり強いやつなのかもしれない。もしかして、あの髭面の殺し屋……? 一番考えたくないことだな……。


『はあ。レイドなんて名乗らなきゃよかったな……』

『仕方ないよ。名乗ったことでシギル兄さんは殺す覚悟を決めることができたんだし……それに……』

『……それに?』

『……とても格好良かったよ』

『……』


 確かに格好はつけたつもりだが、今まで言われたことがない言葉だから照れてしまうな。女の子にはまったく縁がなかったし……。


『あ……』


 ふと、脳裏にセリスの姿が浮かび上がった。俺が殺し屋のレイドだと思われた場合、一緒にいたあの子にまで被害が及ぶ可能性もあるんじゃ……? 一応メモリーフォンを確認したが、知らせは来てなかった。それでも、恨みのパワーを考えると安心できない。相手が複数いるなら、こっちに何か伝える前に拉致されてしまうことだって充分考えられる。


『どうしたの?』

『セリスが心配になってきた。一旦戻ろう』

『うん』


 こっちから連絡を取ろうかとも思ったが、もし寝てたら起こしてしまいかねないから止めた。リセスの合図で一度目覚めはしたものの、結構眠そうだったし……。






 ◆◆◆






 ホールへと繋がる通路へ戻ると、早速マップ欄を確認することにした。メモリーフォン同士でフレンドとしてリンクし合っているので、ここまで来ればセリスの居場所はすぐにわかるんだ。ダンジョンの階層をまたいでるときやあまりにも遠い位置だと表示されないが、距離が近い場合はマップ欄に人型マークで示されるようになっている。自身は青、パーティーメンバーやフレンドは赤、緑で色分けされ、他人はマークの表示自体がない。一応、プライベートを守る意味でマークを隠すことも可能だ。……よかった。セリス、無事みたいだな。宿のほうにいるし、やっぱり寝てたっぽい。


「――あ、シギルお兄ちゃん、リセスお姉ちゃん、お帰りー!」


 セリスはベッドの上に座って窓のほうをぼんやりと見てたが、歩み寄ろうとしていたこっちに気が付くと笑顔で大きく手を振ってきた。


「セリス、ただいま。何か変わったこととかあった?」

「変わったこと? ないよ! あ……あのね、お友達できちゃった!」

「おー、もしかしてボーイフレンドかな?」

「違うよ! ちっちゃい女の子!」

「そっか、セリスよりちっちゃい女の子か……」

「うん、すごーく可愛いよー!」

「……」


 どうやら5、6歳くらいの幼女っぽいな。親と同伴なんだろうか。こっちも人のことは言えないが、そんな小さい子を屈強な冒険者だらけのホールに行かせるのはかなり危険な気もするが……。


「その子とね、追いかけっことか隠れんぼとかしてたんだけど、見付からなくなっちゃって……」

「ありゃ……」


 セリスの顔が見る見る曇っていく。迷子になったんならますます危険だな。とはいえ、その子を捜してる暇なんてないし、親元のところに無事帰れたんだと祈ろう……。


「また会えるよ」

「うん……」

「んじゃ、もうちょっとダンジョンに行ってくるから、良い子にしてるんだよ、セリス」

「うん!」


 セリスと明るく手を振り合ってダンジョンへと向かう。不安はあるが、ずっと一緒にいるというわけにもいかないからな。なるべく早く十二階層を攻略してここに戻ってくればいい。


『……シギル兄さん』

『ん? どうした、リセス』

『誰かにつけられてる』

『……』


 一瞬止まりかけたが、怪しまれないようにそのまま普通のペースで螺旋階段を下りていく。当然、振り返らないように前だけを見て。


『……わかるのか?』

『うん。よくあることだったから』

『……よくあるって、尾行されることが?』

『ううん、尾行することが。だから、その動きがよくわかるの』

『……なるほど』

『相手は強そう?』

『……わからない。一人だけだし動きも素人っぽいけど、私も相手が強そうだった場合、油断させるためにわざとそういうことをやるときがあったから……』

『……』


 本当に末恐ろしいな、殺し屋って……。


『やっぱり、相手は十一階層で隠れてたやつかな?』

『だろうね』

『捕まえてダンジョンに連れ込むのはどうだろ』

『いいね。でも、まだダメ。通路まで誘き寄せて』

『わかった』


 いよいよ通路が近付いてきた。正直、ボス戦なんかよりもずっと緊張する。


『壁と一体化するように背中を預けて』

『了解!』


 通路に入り、リセスに言われた通りの体勢になる。さあ来い。ダンジョンまで連れ込んで心臓を取り出してやる……。


『……え?』


 今目の前を通り過ぎたのは、青いローブに同色の頭巾を被った小さな女の子だった。桃色のお下げ髪が幼さをより増長させているようにも見えるが、あれは紛れもなく幼女だ。


「あるぇ?」


 彼女は数歩進んだところで立ち止まり、頭だけ不思議そうに傾けて舌足らずな声を上げた。


『早く捕まえて』

『え? で、でも、あれって……』

「あ、そこにいたー!」


 幼女が目を輝かせながら俺の前に駆け寄ってきたかと思うと土下座してきた。


「どうか、どうか私を弟子にしてくださいぃー!」

「……はあ?」

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