二四段 意外にもすぐには死なないものなんだな
レイドの動きは想像以上に早かった。まずメモリーフォンを立ち上げ、《イリーガルスペル》と《念視》を外し、代わりに《マインドキャスト》と《ミラー》を入れたかと思うと、武器欄から短剣を取り出して《微小転移》によってボスと交戦中のパーティーに向かっていった。
『シギル兄さん、私の動き、よく見てて』
『あ、ああ』
自分の体が勝手に動く不思議な感覚。レイドが最初に向かったのはやはりパーティーの後衛、それも女回復術士の背後。逆手に持った短剣で白いローブの生地を少し切ったかと思うと、逆の手で口元を塞いで一切迷うことなく首筋に刃を突き入れた。多分、最初の動きは《プロテクション》が掛かってるかどうか調べたんだろうな。首にナイフを入れる際はあまりにも淡々としていて、まるで物か何かを切っているかのようだった。
「……うっ……」
微かな呻き声とともに崩れ落ちる回復術士。周りの仲間はボスを倒すことに夢中な様子で、まだ気付いた気配はない。レイドは透かさず男魔道術士の背後に回り込み、口を塞いだかと思ったときには、もう片方の手に握られた刃が首の中に埋もれていた。あまりにも殺し慣れている。一連の動作にまったく無駄がない……。
「……がっ……」
「アレクッ! う、後ろ見て!」
「な、何だ……?」
しまった。さっきと同じくらい微かな声しか漏れてなかったが、前衛の女剣士に気付かれてそのままバッサリと斬られてしまった……って、あれは分身だ。そうか、レイドが咄嗟に《ミラー》を使っていたんだ。
『ンギーーーッ!』
「ぎっ……」
高く跳び上がっていたボスの棘だらけの頭部で串刺しになる女剣士。ほぼ即死だろうが、体勢を戻したボスの頭部に釘付けされていて本当に惨めだ。
「ディ、ディアーナァァッ!」
「動くな。動けば殺す」
「ひっ……」
レイドは短剣を男拳闘士の首筋に当てると、《微小転移》によって周りにモンスターのいない岩場の陰まで拉致した。
『じゃあ、シギル兄さん、交代するね』
『……ああ、ありがとう、レイド……いや、リセス』
全部彼女に任せるのはあまりにも格好悪い。というわけで即座にスキル構成を元に戻す。
「た、助けてくれ。俺たちが悪かったから……」
「ダメだ。俺は殺し屋のレイド。もうお前は助からない」
「そ、そんな……。なんで……。嫌だ、嫌だあぁ……」
レイドと名乗ったのは逃げ場を作らないためだ。もう知られてしまった以上、殺すしかない、と……。《念視》でやつの体内を覗く。
「《微小転移》!」
「……うっ……?」
俺の掌で、やつの生温かい心臓が湯気を立てていた。
「……これを見ろ」
「……え?」
「これが何かわかるか? お前の心臓だ……」
「……あっ、ああ、あ……」
男拳闘士の顔が見る見る青ざめていき、白目を出して倒れた。心臓を取り出されたのに、意外にもすぐには死なないものなんだな……って、俺いつまでこんなの持ってるんだか。気持ち悪くてしょうがないので壁に向かって投げ捨てる。無理して格好つけるもんじゃないな……。
『シギル兄さん、見事だったよ。でも、急がないと』
『ん、ああ、ボスか』
そうだった。五分以内に倒せなければまた一日待つか、ほかのパーティーが出したものを倒さないといけなくなるんだ。幸いにもほかにボスを狙っていたパーティーはいない様子で、放置された形になったボスが獲物を探してるのかあっちこっち跳ね回っていた。
「《微小転移》――!」
一直線にボスの前まで小刻みに飛ぶと、《念視》を使いつつ背後に回り込み、大きな黒光りする石――心臓――を外に放り出してやった。
『ン……ンギイイイイイイィィ!』
なんてやつだ……心臓を取り出されたにもかかわらず、ボスは詠唱反応で激怒状態になり、赤くなって暴れ回った。とはいえ、《微小転移》による移動の前にやつの攻撃は空回りするばかりだ。段々と弱っていくのも見て取れる。このスキルは移動性能だけじゃなくて回避能力もずば抜けてるからな。おそらく師匠が俺を助けたときもこれを使ったんだろう。こんなものを生み出してしまうんだから、あの人の凄さがよくわかる。まもなくボスは力尽き、自分の体が光に包まれたかと思うと視界が移り変わっていった。次の階層の転送部屋に移動したというわけだ。
そこから十二階層の様子を窺ってみると、十一階層よりも大きな岩が増えて視界が急激に悪くなっていた。小型の青い蝙蝠たちが上のほうに列をなしてぶら下がってるのも見える。
『さて、リセス。ここも一気に攻略しようか』
『シギル兄さん、急いで十一階層に戻って』
『……え?』
『誰かに見られてたみたい』
『……あのパーティー以外に誰かいたのか……。それってまさか、俺がレイドって名乗ったところも見られたんじゃ……?』
『わからないけど、ボスを倒した直後、近くの岩場から誰か出てくるのが見えたから……多分聞かれてたと思う』
……そりゃまずいな。レイドは有名な殺し屋だから、それに対して恨みのあるやつは多いだろうし、今後エルジェたちに復讐するにもやり辛くなるのは目に見えてる。顔も見られてたなら、あの掲示板で転移術士に絞って検索された場合、以前の顔とは微妙に違うものの消去法で俺がシギルだとわかるはずだ。
『どんなやつか見た?』
『光が邪魔で見えなかったから、足だけ……』
『そうか……。でも、もう帰還してそうだけど……』
『そうだけど、これから狩りをする気かもしれない。一応戻って』
『わかった。俺を見て顔色変えるような怪しいのがいたら即座に殺すよ』
『うん』
まさか、自分の口からこんな物騒な台詞が自然に出て来るとは思わなかった……。




