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二段 転移術士を舐めてもらっちゃ困る


 午前十時を知らせる鐘が鳴り響く中、俺は宿泊所のあるホール三階から一階に下り、これから片隅にある小さなベンチに向かおうとしていた。そこが俺のパーティーの溜まり場だからだ。


 ふと、中央にある巨大掲示板が目に入る。あそこにある端末で自分の情報をメモリーフォンによってインプットして、パーティーやメンバーを募集できる。最新階層のボスが攻略されたとき、あそこでリプレイ映像も流されるんだ。


 そういや、昔はあの辺にある大きなベンチが溜まり場だったっけ。まだビレントがいなくて回復術士を募集してた頃だ。いつの間にか大手のパーティーに陣取られてしまって、追い出される格好になってしまったんだよな。理不尽だと思うが、下手に騒ぎを起こせばダンジョンで一悶着あってもおかしくないから渋々引き下がったんだ。


 街中ではこのホールも含めて攻撃スキルや武器の使用が禁じられてるから、喧嘩になったとしても口論か殴り合いにしかならないが、ダンジョンでは違う。そこで何があろうと、誰も責任なんて取る必要はないんだ。15歳になると誰でもダンジョンに入場できるようになるが、その前にエントランス近くにある冒険者登録所に書類を提出する必要があり、ダンジョンで何が起ころうと冒険者の自己責任であるという項目に同意しないといけないようになっている。


 あの頃と比べるとうちのパーティーは格段に強くなってるし、もう今の居場所を奪われる心配はないと思うが、あんな不便な場所を狙うやつなんていないだろう。ホールがとても広いということもあって、初心者らしきパーティーですら結構いい場所に陣取ってるのを見かけるしな。こっちはカフェから遠くて羨ましいという気持ちもあるが、もう今の溜まり場には愛着もあるし、リーダーのグリフが弱気だし、私怨を買うリスクもあるしでわざわざ新しい溜まり場を狙うなんてことはしないと思う。


 ――あれ、珍しくみんな揃ってるな。いつも俺とエルジェだけ早く溜まり場に来るのに……。しかもルファスを除いてみんな浮かない顔だ。どうしたんだろう……?


「おはよう」

「……あ、おはよう、シギルさん」

「お、おはよう! シギルどの!」


 いつものようにエルジェとグリフのみ挨拶を返してくれたが、やはり何かおかしい。妙にぎこちないというか……。少なくとも、これからダンジョンに向かおうっていう空気じゃないことは確かだ。


「……何かあった?」

「そ、それがなー、うーむ、ヒジョーに言いにくいのだが……」

「分配から、各自になったの……」

「……え?」

「そ、そういうことだ。すまん!」

「……」


 ……エルジェの台詞は、俄かには信じがたいことだった。モンスターを倒せば仮想通貨が入ってくる仕組みなのだが、分配じゃなくて各自だと……? それって、転移術士からしてみたらタダ働き同然ってことじゃないか……。


「誰が決めたんだ? こんな……」

「文句があるなら俺に言えよ、シギル」

「……」


 ベンチから鋭い視線を向けてきたのはルファスだ。


「ま、いくら言われたところで変更するつもりはないけどよ」

「……嫌なら抜けろってことか?」

「そういうこと。それが嫌なら俺が抜ける。でも、それだとお前らが困るだろ?」

「……」


 何も言えなかった。ルファスほどのアタッカーをこれから探すとなると、不可能に近い。有用な人材はことごとく上位のパーティーに引き抜かれているからだ。


「わかってると思うが、俺の場合装備代だけでもかなりかかるからな。こうでもしなきゃやってられねえんだよ」


 ルファスの言いたいことはわかる。でも、これはいくらなんでもやりすぎだ……。


「ま、お前らも頑張ればお零れがあると思うぜ。あと10分くらいなら待ってやるから、抜けたいならさっさと抜ければいい」


 お零れ……? 転移術士の俺にモンスターを倒せって言いたいのか? くだらなすぎる。そういうのが得意なジョブじゃないってのに……。


「……う、うーむ! どうしよう。どうしようか……?」


 グリフが落ち着きのない様子でみんなの顔色を窺ってる。


「あたしはここに残る」


 エルジェの発言は意外だった。てっきり、怒って抜けると期待していたのに……。


「あたしが真っ先にモンスターを倒してやるわ。ルファスの好きにはさせない」

「おうおう、楽しみにしてるぜ」


 どうやらエルジェの対抗心を刺激したらしい。彼女は魔道術士だからそれでいいんだろうが……。


「僕も残る」


 ビレントの台詞にはさすがに耳を疑った。お前、回復術士だろう……。


「……ビレント、あんたも残るって正気なの?」

「うん。一応、ヒール砲もあるしね。アンデッド相手なら倒すチャンスはいくらでもあるよ」

「そ、そりゃそうだけど……」

「味方にヒールするだけの余力は残しておくから、心配いらないよ」

「べ、別にあんたの心配なんかしてないわよっ」

「あははっ……」


 なんだかんだ、ビレントはこのパーティーに馴染んでるんだろうな。


「うーむ……それじゃあ自分も残って頑張るとしよう!」


 やっぱり流されたか。グリフの発言は容易に想像できた。さて、あとは俺なわけだ。ここで抜けるのはあまりにも悔しい。新しいパーティーを探すという選択肢もあるが、今更ほかのパーティーでやりたくはない。面倒だし、何よりこのパーティーには愛着もあるしな……。


「俺も残る」

「……シギルさん、本当に残って大丈夫なの……?」

「ああ」


 不安そうなエルジェに向かって俺は即答した。もちろん、タダ働きなんてするつもりはない。苦しい状況ではあるが、俺なりに工夫してみるつもりだ。転移術士を舐めてもらっちゃ困る……。

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