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十八段 その声はとても湿っているように思えた


『……師匠、どうか安らかに……』


 墓標となったりんごの木が風に揺れていた。俺は祈りながらも、感覚を取り戻したことであらゆる角度から迫ってくる音や光に眩暈がしそうになる。喪失感を含めて、この状態に慣れるのは少々時間が必要だろう。


「シギル兄さん」

「……」


 これはぼんやりとした心の声じゃない。微量だが透き通ったよく通る声。隣で祈っていたリセスが口で発したものだとわかる。


「……リセス……?」


 久々に発した自分の声は少し掠れていた。


「今まで黙っててごめんなさい……。師匠が亡くなったあとに正体を明かすつもりでいたから……」

「……正体? どういうことなんだ?」


 只者ではないと思っていたが、やはりそうだったのか。師匠があんなことになっても、リセスは表情一つ変えなかったからな。


「本当の私は殺し屋なの……」

「こ、殺し屋……?」


 随分イメージとは違う。ダンジョンで俺を甚振ったあの拳闘士みたいな容姿なら想像通りだが……。


「まさか、その年齢で殺し屋なのか?」

「ううん。この体は義理の妹のもの。本来の私はもう死んじゃってる」

「え……」


 ますますわけがわからない。


「《憑依》っていうスキルを使って義妹いもうとの体に入ってるんだよ」

「《憑依》……?」

「相手の体に自分の意識を投影させる転移術士のスキルだよ」

「……ま、まさか、それって……」

「うん。シギル兄さんと師匠との心の声でのやり取りは聞いてたよ。私のことも話に出てたね」

「……あの、師匠に追放されたっていう弟子のレイドか」

「うん。私が師匠から受け継いだスキルを殺しに使ったことがバレちゃったから……」

「……なるほど。師匠はリセスが殺し屋だってことを知らなかったんだな」

「うん……。でも、私にとっては物心がついたときから殺しは普通だったから、なんで師匠に怒られたのかもよくわからなくて……」

「……殺し屋って、目撃者とかも全員殺すんだろ?」

「うん。なるべく見られないようにはするけどね」

「……」


 師匠は俺にやり返せとは言ったが、無暗に人を殺すことには否定的だったんだろう。大事な人を失ってその重みがわかったんだから尚更……。


「でも、私と義妹を拾ってくれたお義父さんが、初めて頭を撫でてくれた日にダンジョンで何者かに殺されたとき、心の奥にぽっかりと大きな穴みたいなのが出来ちゃって……それで、ほんの少しだけ理解できたんだ。殺しは悪いことなんだって……」

「……ほんの少しだけか。さすがは殺し屋ファミリー……」

「あ、義妹は違うよ。お義父さんからは、もっと大きくなってから殺しを覚えさせるって言われてたし……」

「……」


 ま、似たようなもんだな。


「あ……じゃあ、リセスっていうのは義妹の名前?」

「ううん、私の本名だよ。義妹の名前はセリス。レイドっていうのは、私の殺し屋としての名前。これでも裏の世界では結構有名なんだよ」

「な、なるほど……」


 ほんの少しだけドヤ顔したリセスが妙に恐ろしく見えた。


「でも元々病弱だった体が悪化しちゃって……もうダメかと思ったけど、そのときに《憑依》っていうオリジナルスキルを編み出して、義妹の体に乗り移ったの」

「よくそんなスキルを覚えられたな……」

「師匠に言われたことをずっとベッドの上で思い出して、実践してたら覚えられたの」

「……なんて言われてたんだ?」


「辛いときこそ、わしの弟子としての修行だと思いなさい。辛くなかったらそれは修行じゃない。辛いときは辛さと正面から向き合いなさい。辛さと幸せは文字通り紙一重。辛さの中にこそ、自分に欠けているもの、本当に欲しいものが隠れている……って」


 なるほど、いかにも師匠が言いそうな台詞だ。


「私、健康な体がずっと欲しかったけど、そこから目を背けてた。不健康さと向き合うのは嫌だったから、怖かったから……。でも師匠の話を思い出して、この体をなんとかしてやろうって……。それで覚えたんだよ」

「……そうだったのか。でも、義妹のセリスは《憑依》に承諾してくれたのか?」

「……うん。《憑依》は宿主の意識を消すわけじゃなくて共生できるようになってるから。セリスが寝ているときだけ、私が現れるようにするって、説得して……」

「……ってことは、あのとき人格が変わったように見えたのは、セリスだったんだな」

「そうだね。私が凄く眠かったのもあるけど、セリスが途中で起きちゃって、どうしても代わりたいって心の中で言ってきたから……」

「……」


 そういや、庭にりんごがいっぱい落ちてたしな……。


「リセスがこうして戻ってきたのは、師匠が心配だったから?」

「うん。体の具合が悪いって聞いて……。破門されちゃったけど、弟子の義妹ならお手伝いすることも受け入れてくれると思って……」

「……バレバレだったと思うけど」

「……だろうね。師匠もわかってたと思う。でも、お互いに知らない振りをしてた。そうしないと師匠も私も別れるのがもっと辛くなると思ったから……」

「……そうだったのか。でも、リセスは強いな」

「え?」

「そこまで師匠のことを思ってるのに泣かないんだから」

「……だって、私みたいな化け物が泣いちゃいけないと思うから……」

「……バカ。リセスは化け物なんかじゃないって」

「シギル兄さん?」


 俺は師匠に貰った両手でリセスを抱きしめた。


「俺が何もできなくて辛いときに、師匠と一緒にずっと側で面倒を見てくれたのに、そんないい子が化け物なわけないだろ」

「……」

「だから泣いていいんだ」

「……うん」


 リセスの目に涙はなかったが、その声はとても湿っているように思えた。

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