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十三段 人間とは気が付けば楽をしようとする生き物


 ――あれからどれくらいの時間が経っただろうか。


《テレキネシス》を長時間使い続けるということが、これほどまでにきついとは夢にも思わなかった。早くも意識が朦朧としてくるのがわかる。


 それに加え、何も見えない、何も聞こえない、どうしようもなくこの惨めな感覚……どうしたってあのときのことを思い出してしまう。


 ……そうだ。やつらにやり返すんだ。俺を捨てたあの連中と殺し屋に……。その恨みが原動力になって、意識はかなり回復できた。


 エルジェ様、グリフ様、ビレント様、ルファス様、それに名も知らぬ殺し屋様……ありがとうございます。感謝しております。貴方たちのおかげで、俺はこうして前に進むことができております……。だから、必ずやこの恩返しをしなければなりません……。


 どうか、皆様お待ちになっていてください。決して死ぬことなく、五体満足でいてください。ダンジョンで再びお会いできることを、心の底から願っております……。


「――うっ……」


 ひんやりとした感触がして、体を浮かせた。いつの間にか高度が落ちていたようだ。余計に《テレキネシス》によるエネルギーを使うことになるので、なるべく避けなければならないことだった。


 ……しかし、ゆっくり進むというのはともかく、今までと同等の浮力を維持し続けるというのは本当に難しい。高度が上がりすぎると風の影響も大きくなるし、スキル無しで綱渡りするような緊張感も相俟って、疲労はピークに達そうとしていた。


 ――もうそろそろ湖を越える頃じゃないか? 降りよう。


 ――いや、まだかもしれない。


 もう一人の俺との問答がいつしか心の中でループしている。


 ――死にそうだ。もういいだろう。頑張ったから止めよう。


 ――いや、まだやれるはず。


 どんな志があろうと、人間とは気が付けば楽をしようとする生き物なのだと思い知らされる。それを何度戒めても、甘い誘惑をちらつかせながらまた浮かんでくるんだ。終わるものか。こんなところで終わってたまるものか……。


 進むんだ。意地でも前に進むんだ……。一センチでも一ミリでも、前に。前に……。


 ……前……に……。


『――息が……できない……』


 気が付いたときには、俺の体は水中にあった。どうやら岸にたどり着く前に力尽きてしまったようだ。


 ……命運尽きたか。このまま俺は悪霊になってしまうんだろう。楽しい思い出や、師匠やリセスのこともすべて忘れるんだ。人間であったことすらも……。俺はもうすぐ、呼吸するように呪い続ける、ただの邪念の塊になってしまうんだろう。


 ……本、当の……化け……物……に……。






 ◆◆◆






『……シギル……さん……』


 ……この心の声は……。


『……リセス……?』

『おはよう、シギル君』

『……あ……』


 見える。ぼんやりとはしてるが、師匠の顔が。まさか、ここは天国……?


 ……いや、よく見るといつもの宿舎なのがわかる。あんな染みや傷だらけのぼろい壁に囲まれた場所が天国なわけないしな……。どうやら俺、助かったみたいだ。しかも《念視》まで設定してくれてるし……。


『君は知らんだろうが、わしは何かあれば助けようと思って様子を見ていのだ』

『……なるほど。でも、俺失敗しちゃったからもう一度やらないと……』

『いやいや、成功したぞ』

『……え? でも、確かに水の中に……』

『いや、シギル君が落ちたのは海だ』

『……ええ……?』

『湖はとっくに超えて、そのずっと向こうの海まで行ってしまった。大したものだ……』

『……いや、止めてほしかったんですけど……』

『……ついつい見惚れてしまってのう……』

『……』


 それじゃ完全に無駄骨じゃないか……。腹立たしくなる一方で、よくそんなところまで行ったもんだと自分自身に感心してしまった。


『……ま、後半のほうはかなりスピードが出ておったが……湖を越えるまではほぼ完璧だったからセーフだ』

『……そうだったんですか』


 それも知らなかった。少しショックだが、おそらく最後のほうは速度を制御する力もないほど疲れてたんだろうし仕方ないか……。


『しかし、若いということは実に羨ましいのお……』

『え?』

『……ほれ、自分の体のほうに《念視》を使ってみい』

『……あ……』


 師匠に言われた通りにすると、リセスが毛布越しに寄りかかる形になっていた。そういやちょっと重いと思っていたんだ。寝てるっぽいな……。


『ずっとシギル君の側におってな、君が目を覚ます少し前まで起きていたのだよ』

『……』


 じゃあ、最初に聞こえた心の声は、やっぱりリセスのものだったんだな。頭を撫でたくなる衝動に駆られるが、俺にはそれができる手すらないので《テレキネシス》で代替することにした。なるべく穏やかな念を発する。設定してなきゃできないが……よし、できた。これはそのままにしてあったようだ。一切触れることなく、一本の毛をつまむという細緻なことだってできる……。


 ……っていうか俺、こんなことまでできてたっけ……? スキルの熟練度はマックスの10に到達しても、使うたびに少しずつ上がり続けるっていうのは聞いたことあるが、明らかにそれより一段くらい上がってるな、これ……。


『ううむ。見事だ。こんな短期間でそこまでやるか……。《テレキネシス》の熟練度が10なのは知っておったが、今はそれすら凌駕しておる。この領域に達した者はわしを含めて二人しかいなかったというのに……もうそこまで自在に扱えるのなら、既にあれは覚えているだろう』

『……師匠、あれって?』

『ほれ、これを見ろ』

『……あ……』


 俺のメモリーフォン上に浮かんだ取得スキル欄に、《微小転移》というBランクの新しいスキルが追加されていた。


『こ、これは……』


 転移術士に詳しいと自負のある俺でも見たことがないスキルだ。《小転移》よりも範囲が短いということしかわからない。というか、転移系のスキルをまったく使ってないのにこういうものを覚えたということが衝撃的だった。

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