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十二段 底知れぬ奥行きを感じた瞬間だった


『……三歩先にテーブル、右奥にドア』


 最近、宿舎内でどこに何があるのか、大雑把だが大体わかるようになってきた。ぼんやりとではあるものの、あるスキルを使うことで映像として脳裏に浮かんでいたからだ。


 最強スキル習得の準備段階として、師匠から教わった転移術士のCランクスキル《念視》である。本来は障害物等に隠れている敵を発見するためのスキルなんだが、これがあれば目が見えなくても念を飛ばすことによってその周辺のみ脳内で映像化できるのだ。


《マインドキャスト》や《テレパシー》同様、高難度の割に習得時間はそこまでかからなかったが、《念視》は三日前に覚えたばかりだから熟練度3とまだ低い。それでも、師匠から言わせると本来ならここまで来るのに一カ月はかかるらしい。


『……じゃあ、このテーブルの皿の上に乗っているのは何?』

『……んーと……りんご?』

『正解だよ。シギル兄さん、偉い……』

『……』


 俺の頭を撫でているのは、若干あどけさの残る少女、リセス。肩ほどまである栗色の髪がよく似合っている感じだ。今日は師匠の具合が悪いということで、彼女が代わりに先生として修行に付き合ってくれていたが、教え方も上手だし何より怖がらずに接してくれるのでありがたかった。こんな化け物相手にな……。


 映像化できるようになって、炊事、洗濯、掃除、散髪、髭剃り……本当になんでもしてくれる器用で優しい子だとわかった。あの師匠のアシスタントなだけある。十二歳になったばかりでまだダンジョンには行けないということだが、度胸もありそうだしもう充分通用するレベルに思えた。


『そろそろ風呂に行ってくる』


 リセスが上等なポーションを塗り続けてくれたおかげで、もう風呂に入れるくらい回復したんだ。最初の頃は温い水でさえ浴びるのは苦痛だった。とはいえ、両手両足はないので相変わらず不便だが、そこは《テレキネシス》を巧みに使うしかない。師匠から言わせれば、それも訓練の一つらしい。そもそもこれを自分に使うという発想すらなかった。攻撃系スキルはパーティーメンバーに影響を及ぼせないが、自分には行使できる。それは、絶望的な状況でも自殺ができるようにとのダンジョン管理局の配慮からだが、《テレキネシス》じゃそれも難しいだろう。今更死ぬつもりもないがな。


『シギル兄さん。よかったら私に背中を洗わせて』

『……い、いや、遠慮しとくよ』

『ダメ……?』

『……だから、恥ずかしいって!』


 面倒見が良いのはいいんだが、リセスはちょっとお節介すぎるかな。


『……ごめんなさい』

『……いや、別に怒ってないし、そんなに落ち込むなって。俺みたいな化け物にそこまで尽くしてくれるんだから、その気持ちだけありがたく受け取っておくよ』

『……化け物? 違う。シギル兄さんは本当にいい人』

『……え?』

『私のほうがよっぽど化け物だから』

『リセス……?』

『あ、いや、今のは聞かなかったことに……』

『……』


 このリセスという子に、底知れぬ奥行きを感じた瞬間だった。この歳で、何か凄いトラウマでもあるのかな。それなら聞かないほうがいいのかもしれない……。






 ◆◆◆






『ここを渡れと……?』

『うん。師匠はそう言ってたよ』

『……』


 俺とリセスの前に広がるのは、どこまでも続いてるかのような湖だ。そこを《テレキネシス》のみで、それもなるべくゆっくり渡れと言うんだから、無茶としか言いようがなかった。もし渡る途中で精神力が尽きてしまえば、当然だが転移系のスキルで離脱することもできないわけで、そのまま溺れ死ぬことになる。


『……危ないから、やめたほうが……』

『……いや、リセス。それはできない』

『シギル兄さん……?』

『これは師匠からの挑戦状みたいなもんだ。受けて立とうじゃないか』

『……絶対に死なないで』

『わかってるって』


 きっとこのために師匠は《テレキネシス》を日常的に俺に使わせるようにしてたんだろうな。メモリーフォンの操作はリセスに任せているが、あえて離脱系スキルは入れないように彼女に頼んだ。構成スキルは当然Bランクスキルの《テレキネシス》のみ。精神力の消費を抑えるCランクスキル《リラクゼーション》を入れたいんだが、これはあくまでも修行だからな。


 ……く、暗い。何も見えない。《念視》を外したからだ。ゴールが近付けば希望も湧くだろうが、暗闇のままだとそんなことはわからないし常に不安がつきまとってくる。途端に恐ろしくなってきて出発を躊躇してしまった。いかに今まで視覚に頼っていたかがよくわかる。


 ……おそらく、これも師匠の狙いなんだ。容易かったらそれは修行ではないと師匠は口を酸っぱくして言っていた。これも含めて、あらゆる困難に打ち勝たなければ今までの努力も水の泡になるということだ。


『頑張って、シギル兄さん……』

『ああ。行ってくるよ。必ず帰ってくるから待っててくれ。リセス』

『うん……』


 俺は《テレキネシス》で自分の体を浮かせると、ゆっくりと前に進み始めた。もう後戻りはできない。リセスの《テレパシー》も距離が開けば届かなくなるから、すぐに俺は完全に一人ぼっちになる。


 どこまでやれるかはわからないが、とにかく精神力が尽き果てるまでやるつもりだ。それで届かないなら仕方ない……。

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