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十段 俺には予感めいたものさえ生まれていた


 時間が流れているという感覚がまったくない。激痛という地獄が解放されてから、一体どれだけの間……俺は苦しみの渦中でもがいていたんだろうか。


 剥き出しになった全身の神経を少しずつ削られるような、信じられないほどの苦痛の連続。何度も気が狂いそうになりながらも、俺はやつらを呪うことで正気を保っていた。エルジェ、グリフ、ビレント、ルファス、それに名前も知らない殺し屋よ……もっと俺を苦しめるがいい。俺はさぞかし醜悪な姿をしてるんだろうが、これはお前たちの心そのものだ。必ずここまで引きずり込んでやる。鏡を覗き込むように、必ずお前たちの結末を俺と同じように真っ黒に染めてやる……。


『……聞こえるか……』


 ……なんだ? この声は……。


 妙に安心感のある熟しきった男の声……。だが、俺の耳は既に聞こえないはず。だとしたら、これは……心の声だとでもいうのか。何者かが、俺の心に直接呼びかけているっていうのか……?


 そういえば、《テレパシー》という、自分の思念を相手の心に届けるスキルが転移術士にあったんだっけか。相手が覚えてなくても、これを使っている間は心の中で会話できるスキルなんだよな。Cランクなのにかなり難易度が高くて、俺にはまったく必要のないスキルだからと取得を諦めていたやつだった。ってことは、この声の主は転移術士テレポーターなのか……。


『頼む。返事をしてくれ……』

『……聞こえる……』

『おお、よかった……。あんなに酷い状態でもまだ正気を保っているようだな』

『……ああ。なんとか。誰なんだ、あんたは……』

『正気だとわかった今、急がねばならん。詳しいことはあとで話す』

『……助けてくれるのか……?』

『もちろんだ』


 誰かが俺を助けにきてくれたようだ。とはいえ、俺はもう半分以上死んでるようなもんだが……。


 ――段々と意識が遠くなっていくのを感じる。周りは敵だらけなのに、こんな絶望的な状況で本当に助けられるんだろうか……。






 ◆◆◆






『……もう、大丈夫だ』

『……う……? 俺は、助かったのか……?』

『ああ。わしが助けた』

『……』


 あの状況で俺を助けられるなんて、只者じゃないな。エルジェたちだけじゃなく、凄く腕の立ちそうな殺し屋もいたはずなのに……。


『どうして、俺を……』

『わしはね、シギル君。君を探していたんだ』

『……俺を探していた……?』

『そうだ。わしは転移術士というジョブを心から愛し、その地位を高めようと努力してきたが、あることがきっかけで頓挫してしまった。それでダンジョンからも長く離れていたが、最近になってわしの命もあと僅かだと知り、死ぬ前にわしの意思を継ぐことのできる有能な転移術士を探していたのだ』

『なるほど……』

『聞き込みを続けた結果、今日ようやくそれが君だとわかり、居場所を探していたというわけだ……』


 ……そうだったのか。もう少し早く出会えていればな……。


『……嬉しいけど、少し遅かったかな』

『何が遅いのだ? こうしてわしと出会えたではないかっ』

『……からかわないでくれ。俺はもう、有能な転移術士どころか、詠唱すらできやしないんだ。もう心の中でしか生きられないし、こんな体にしたあいつらをひたすら呪うことくらいしかまともにできない。見ればわかるだろう……』


 今、俺が一体どんなに酷いことになっているのか、目では見えなくともなんとなくわかる。


『助けてくれたことには本当に感謝している。でも、もういいんだ。どうか、ひとおもいに殺してくれ。あいつらを呪うのは怨霊になってからでもできる。頼む……』

『バカを言うな! そんな軟弱な魂では容易く除霊されるだけだ、この愚か者がっ!』


 ……なんか興奮させちゃったみたいだ。……ん、急に応答がなくなったな。余命僅かみたいなこと言ってたし、相当衰弱してるのかもしれない。


『――ううむ。どうやらわしにはもう思ったより時間がないようだ……。一体、やつらと君との間にどんな諍いがあったのかわしにはわからんが、このままで終わっていいのか? やり返したくはないのか? これほどまでに惨い仕打ちを受けているというのに……』

『……』

『だが、こんな体でもお前さんに前を向こうとする意思さえあれば必ず挽回できる。それだけの能力があるのだ。そうでなければ、望み通り殺している』

『……一体、どうやって……』

『とにかく、わしを信じろ。そうすれば間違いなく、道は開ける』


 ……なんだか、無性に信じてみたくなってきた。この人の言葉にはそれだけ不思議な力が宿ってるような気がする……。


『……信じても……いいのかな』

『もちろんだとも』

『……あの。なんて、呼べば……』

『師匠でいい。名前はもうとうに捨てた』

『ええ……?』

『名前なんぞどうでもいい! 中身で勝負だ。わしの弟子として、転移術士の凄さをこの世に知らしめてほしい』

『……それじゃ、師匠、よろしくお願いします……』

『よし、覚悟を決めたか。だが、わしの修行は厳しいぞ!』

『……はい!』


 なんか変わり者っぽいけど、この人についていけばなんとかなるような気がする。こんな絶望的な状態でもそう思えるくらいだ。この人のおかげで、またダンジョンに戻れる日が必ず来ると、俺には予感めいたものさえ生まれていた……。

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