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序段 俺がそう思いたかっただけかもしれない


「――《極大転移テレポート》!」


 俺の乾いた唇が動きを止めると、視界はまったく別のものに塗り替えられた。


 一瞬の静寂。


 ダンジョンとは対照的な明るさを前に、周りにいるPTMパーティーメンバーたちから次々と安堵の声が漏れる。戦闘終了時に発動した《極大転移》が成功したのだ。


 ダンジョン前、三層からなる巨大ホールに出ると、今日も山ほどいる冒険者たちの熱気に押されそうになった。みんなで何事もなくここに帰還するこの瞬間が俺は最高に嬉しいし、転移術士テレポーターとしての誇りも感じる。


「シギル先輩はいいよなー」

「……ん?」


 回復術士ヒーラーのビレントのほうに目をやる。彼は一カ月ほど前に入ってきた新参なんだが、かなり図々しくて俺の苦手なタイプだった。袖や裾に青い縁のある白いローブを身にまとっていて、中性的な顔立ちをしている。大人しそうに見えるがこう見えて大の女好きで、よくナンパしているのを目撃したことがある。


「何がいいんだ? ビレント」

「楽だからさあ」

「……楽だと?」

「だって、テレポートするだけじゃん」

「……」


 確かにそうだし、何も言い返すつもりはない。でも楽だなんて、そんな言い方バカにされてるようで気分がいいはずがなかった。転移系のスキルに種類や成功率があることも多分理解できてないんだろうな。


「こら、ビレント。いつでも確実に戦線から離脱させられるシギルさんがいるから、あたしたちこうしてギリギリまで戦えてるのになんてこと言うの!」


 翼のついた洒落た黒いローブに身を包んだ魔道術士ウィザードのエルジェが助け舟を出してくれた。俺が言いたいことを言ってくれて溜飲が下がる思いだ。地上帰還用のSランクスキル《極大転移》は最大の熟練度10だから、50%という確率で成功するわけだが、これに同じく熟練度マックスのCランクスキル《集中力向上》を加えれば100%になる。特に《極大転移》は熟練度が上がりにくくて、マックスにしているのは俺くらいなはず。地味で不人気な職ってのもあるが……。


「……わかったよもう。反省してるよ。エルジェはうるさいなあ」

「こら! 絶対反省なんてしてないでしょ。だからビレント、あんたは――」


 ビレントのやつ、まだエルジェにがみがみ言われて不満そうにそっぽを向いてる。


 彼女は、うちのパーティーでは数少ない俺の理解者の一人だ。我儘そうな顔で、実際そういう子なんだが、根は優しい子だった。最近になって、邪魔だからという理由で腰まであった長髪を短くして一層俺好みになったが、意識はしないようにしている。彼女はまだ、ビレントと同じ18歳だからな。32歳の俺と釣り合うわけがないのは重々承知しているんだ。


「そ、そうだぞ、ビレント。バカにしちゃダメだ!」


 背中に担いだ十字盾クロスシールドが印象的な聖騎士クルセイダー、このパーティー【ディバインクロス】のリーダーでもあるグリフが白い歯を出して同調してきた。ただ、当のビレントにはまったく関心を持たれてない様子。グリフはそのゴテゴテした鎧や厳つい見た目とは裏腹に弱気な男なのか、その場の空気に流されやすい。なので、リーダーとしての威厳はまったくないといってよかった。23歳なのに俺より老けて見える顔が台無しだ。


「おい、ビレント。そんなのどうでもいいから早くヒールくれよ」

「あ、ルファス、ごめん!《ヒール》!」


 唯一、街中で使用制限のない《ヒール》をベンチで気怠そうに浴びる19歳の美青年がいた。パーティーの切り込み隊長、剣士ソードマンのルファスだ。その綺麗な顔立ちに反した、傷だらけのレザージャケットが戦闘の激しさを物語っている。前衛の装備は新品でもすぐボロボロになるからな。特に剣士なんて軽装が基本だからそれが顕著だ。


 彼がうちのパーティーの入ってきた当初は、臆病なうえに引っ込み思案だったからどうなるかと思ったが、今ではこうして大の字で溜まり場のベンチを占領している有様。ダンジョンで戦闘経験を重ねるうちに、パーティーでは誰も文句を言えないほどに彼の立場は絶対的なものになっていった。


 あいつが編み出したAランクスキル《双性剣ツインエッジ》がとにかく独特かつ強力で、そのおかげで俺たちのパーティーはとんとん拍子で十階層制覇までこぎつけたわけだが、ルファスは増長するばかりだった。昔は俺のことを先輩と言ってくれてたのに、今では呼び捨てだからな。


「そ、それじゃ、今日はもうここまでにするぞっ! 明日、いつもの時間にここでなー! お疲れー!」


 グリフが逃げるように溜まり場から一目散に立ち去ってしまった。リーダーならリーダーらしく少しは貫録を見せてほしいんだが、彼に望めるはずもない。正直、リーダーはルファスがぴったりだと思うが、面倒っていう理由でやりたがらないんだよな。


「ルファス、疲れてるのはわかるけど、ちょっとは愛想よくしなさいよ」

「……黙れ」

「はいはい。それじゃ、あたしも帰るわね。みんなお疲れー!」


 唯一、エルジェくらいだ。あいつに軽口を言えるのは。それでもルファスに睨まれて青い顔をしていたが。


「はー、おつおつ」


 深い溜息をつきつつ、ビレントがエルジェに続いて立ち去っていく。残ったのは俺とルファスだけになってしまった。


「……何見てんだよ、シギル」

「あ、いや、お疲れ」

「……」


 高い天井を見上げるルファスの口がお疲れ、と動いたように見えた。俺がそう思いたかっただけかもしれないが……。

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