三住有香の受難
頑張ってるから褒めてもいいんだよ
朝の4時。
目覚ましなどは特にかけていないし鳴っていないが、自然と目がさめる。
布団を剥ぎ、手足が冷たい空気にさらされた。モコモコしたお気に入りのパジャマを脱ぎ、そのまま流れで下着も脱ぐ。
一糸纏わぬ姿になった彼女は、脱いだ服を持って浴室へ向かった。持っているものを洗濯機にぶち込み、浴室へ突入。もはやここまでは1日の始まりのルーティーンであった。
シャワーのヘッドから出るお湯が、覚醒しきっていなかった頭を起動させる。
薄っすら目を開けると、目の前には自分の顔。
「……… 」
鏡に手をつき、シャワーの音を聞きながら物思いに耽る。
私のお父さんとお母さんが交通事故で亡くなってから、もう1ヶ月だ。
……いや、交通事故なんかじゃない。思い出すのも悍ましい、この世のものとは思えないなにか。
お父さんとお母さんはアレに殺されたのだ。
アレがなんなのか、今はまだわからない。だけど、ステッキさんは、いずれわかる時が来る、とそういう。
そもそも、私はアレを殺すために、仇を討つために『守護者』とやらになった。
守護者の仕事は簡単。歪みという化け物を倒し、消滅させる。
それだけだ。
そうすれば、いつかアレにたどり着く日が来る、と。
両親の仇を討ちたくないか、と。そう、謎の声にそそのかされてあの喋るステッキさんと組むことになった。
ステッキさんの話を聞いていると、少なくともステッキさんはある程度の事情を知っていると見てもいいだろう。
だけど………
『君、ひとつ言っておきたいことがあるんだけど、いいかな?』
昨日のは三人は、紛れもなく『人』だった。
歪みの反応を検知してその場所に転移したはずなのに、そこにいたのは『人』。
同時にある程度事情を知っているはずのステッキさんですら知り得ない謎のイレギュラー。
試練って結局なんだったんだろう。
いきなり人が変わったみたいだったけど、なんだったんだろう。
ステッキさんは神がどうとか言ってたけど………。
「はぁ………」
いや、これ以上はよそう。
情報が少なすぎる。
考えたところで答えなど出ない。私にそれを知るすべはないし、ステッキさんは知っていたとしても教えない。そして、知らないだろう。
生産性のない思考を無理やり打ち切り、そして同時にシャワーを止めた。
自らが調理した朝ごはんを食べて、準備をする。菓子折りを三つほど、通学カバンと一緒にテーブルの上に置く。
アパートの住人への顔見せ。今日から管理人として円滑に活動するために必要な行動だ。
忘れ物の確認をし、玄関で靴を履く。
ふと、振り返った。
後ろには何もない。誰もいない。
少し前にいたはずの、見送りしてくれる母親の姿はなく、この時間はまだ寝ていた父親の声も聞こえない。
それは、理解している。
しているはずだが。
「……行ってきます!」
なんだか、今日は素晴らしい一日になる気がして、そう、虚空へ呼びかけた。
返って来るはずのな返事が聞こえたのは、空耳だろう。
そして、彼女は家を飛び出した。
数分後、彼と再会するなどとはつゆほども知らずに。
時系列的には本文中にもある通り兎亜のいるアパートの呼び鈴を押す前の話。




