永久機関
おま、……センター一週間切ってるんですがそれは
平日の午前9時。通勤ラッシュが終わり、スーツ姿と学生服姿がめっきり見えなくなるこの時間。件の小学生と高校生は、通うべきところへ通わずショッピングモールにある喫茶店にいた。
アパートで奇跡(?)の再会を果たした二人は、両者ともに学校へ休む旨を伝え、普段着で外出していたのであった。
「ほれ、これ奢るから、とりあえず飲め」
「は、はい……」
兎亜はオレンジジュースを魔法少女(仮)に渡し、自分はブレンドコーヒーを啜る。
喉に絡み、舌に残る苦味。彼はコーヒーというものが好きではなかった。
「そういえば自己紹介がまだだったね。君は有香ちゃん、でいいのかな?さっき言ってたけど」
「はい、三住有香です。お兄さんは……」
「俺は八神兎亜」
「じゃあ……八神さんですね」
そう言って彼女は兎亜に微笑んだ。
「それにしても君休んでも大丈夫だったの?」
「え?」
「え?じゃなくて。学校、休んでもよかったのかなって。親とか心配しない?」
「………」
ゴクリと喉を鳴らして、口に入っていたオレンジジュースを飲みくだす。
嫌な空気が漂う。少しの緊張と緊迫感。
「もしかして…聞いちゃダメだったかな?」
「いえ………」
彼女はその小さな手に持ったグラスを置く。コトリとテーブルで鳴ったそれは、とても大きな物音のように聞こえた。店内に流れていたBGMが酷く寒く感じた。
「親は……先月、亡くなりました」
「………すまん」
「いえ、いいんです。ただ……」
「…ただ?」
「私さっき、今日からあのアパートの大家になるって言いましたよね?」
思い返すは玄関での邂逅。言われてみると確かにそう言われていた気がする。
「両親が亡くなったとき、私はおばあちゃんに引き取られました。でも田舎は嫌だったので、私がおばあちゃんに一人暮らししたいって頼み込んだんです。そしたら、あのアパートの管理人になるならいいって。そう言われたんです。もともとお父さんが掃除やら家賃徴収やらをやっていたらしいんですが、亡くなってしまったのでその穴埋めに、ということで………」
「なるほ、ど…」
まあ、世の中色々な人がいるのだろう。幼い中学生が大家になるだなんてどこぞの漫画で見たような設定であるが、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
「ところで、さっきのステッキ貸してくれる?」
「え?は、はい」
スッ、と彼女の手元に何の兆候もなく出現するステッキ。
「どうぞ………」
差し出されたそれを手に取ってみると、見れば見るほど新造兵器などとは思えない。造形は適当、派手で、質感はプラスチック。子供用のおもちゃのようだ。
上から見ても下から見てもなんら変哲もないただのステッキ。
「それ…」
「うん?」
「使用者の求める形に変えられるらしいんです」
「え………まじ?俺でも変えられたりする?」
こくんと頷く。どうやら子のステッキの外観は、彼女の子供のころに流行ったアニメの主人公が使っていたものらしい。しかし記憶がそこまで確かではなかったらしく、このようになってしまったとか。
「イメージが強ければ強いほどいい……って言ってました。確か…永久…機関とかって」
「………………」
永久機関。外部からエネルギーを受け取らなくても稼働し続ける人類の夢。
それを実現するためには人類史を否定しなければならない完全なる神が神に造りし物。
「本当にこれが永久機関だっていってたの?」
「はい…」
ならば試してみよう。
ステッキを右手に持ち、両手を目の前に。思い描くは最強の刀。絶対不壊、完全切断、全長二メートル、そりの角度やその刃紋すらもイメージする。
「あの…?」
もう、持ち手が出来上がっている。しかし刃の部分が魔力に包まれているだけで出来上がっていない。左手をスライドしていく。一ミリ一ミリイメージしながら。
そして完成したのは
「ふわぁ………」
「おぉ………」
見るものすべてを魅了するかのようなまごう事なき『刀』であった。